金ヶ崎城/金ヶ崎要害(岩手県)
金ヶ崎城/金ヶ崎要害の感想 平安時代に坂上田村麻呂が館を築いたという伝説もある岩手県の金ヶ崎城です!基本的に現在の遺構としては1591年に 伊達領にこの地がなった時に南部氏の領地と接しているために金ヶ崎要害として作られたとされているみたいです。その後、桑折氏や留守氏が金ヶ崎城に入り、1644年に伊達一族の大町氏が明治維新まで城主となったようです。 現在の金ヶ崎城ですが、概ね城の曲輪や土塁などの遺構 […]
金ヶ崎城/金ヶ崎要害の感想 平安時代に坂上田村麻呂が館を築いたという伝説もある岩手県の金ヶ崎城です!基本的に現在の遺構としては1591年に 伊達領にこの地がなった時に南部氏の領地と接しているために金ヶ崎要害として作られたとされているみたいです。その後、桑折氏や留守氏が金ヶ崎城に入り、1644年に伊達一族の大町氏が明治維新まで城主となったようです。 現在の金ヶ崎城ですが、概ね城の曲輪や土塁などの遺構 […]
石巻城の感想 石巻城の築城年代は定かではありませんが葛西氏によって築かれたと云われています。葛西氏とは下総国葛飾郡葛西荘発祥で、葛西清重は奥州藤原氏攻めの戦功によって奥州に広大な所領を得て奥州総奉行に任命されました( `ー´)ノ葛西氏初代の葛西清重は、秩父氏(秩父平氏)一族の豊島氏当主豊島清元(清光)の3男で、下総国葛西御厨(東京都葛飾区の葛西城を中心に、江戸川区・墨田区などの伊勢神宮の荘園)を所 […]
岩谷堂城の感想 岩谷堂城(いわやどうじょう)は平安時代にこの場所に藤原経清・清衡が館を構えたのが始まりとされているみたいです。 近くに豊田館があり、そこが藤原経清・清衡の居城と言われてますが、どういう関係なんですかね?豊田館は平城っぽいのでこちらが詰城なのか。時代的に平安時代ってそんなことしてたのか?うーん。謎ですねー 実際に城として使われていたのがわかっているのは、南北朝時代に葛西氏の一族だった […]
仙北平野・大崎平野を東に流れる江合川沿いの篦岳丘陵(ののだけきゅうりょう)に築かれているのが涌谷(わくや)城です!!!涌谷城は篦岳丘陵の丘陵上にあり標高約20mの舌状地を城内としています!元々は大崎氏の家臣だった涌谷氏の城だった様ですが、1590年年に豊臣秀吉の奥州仕置きにより大崎氏や葛西氏は改易となってしまいます。その後、大崎葛西一揆を経て伊達氏の所領再編により、伊達政宗の家臣である亘理(わたり […]
上野館の感想 上野館は案内板によると『近世仙台藩の上級武士茂庭氏の屋敷跡である。寛永8(1631)年茂庭周防良元の下屋敷として築かれ、慶安4(1651)年73才で隠居し千石城の三ノ丸(何で三ノ丸???笑笑)から移った。その後、子周防定元は明暦3(1657)年作事の完成を待って正式に居館として移住し、以後幕末までの約200年間この地が松山統治の中心となった。』 とありました!(`・ω・´)ゞ 上野館 […]
千石城/松山城の感想 千石城の築城年代はよくわかっていないみたいですが、鎌倉時代頃に遠藤氏によって築かれたと云われています。 遠藤氏は藤原南家の流れを汲む文覚上人(遠藤盛遠)の後裔らしく、遠藤盛継が鎌倉公方足利満兼から志田郡・玉造郡・加美郡の郡奉行に任ぜられ、1401年に陸奥国へ下向したことに始まると云われています。因みに・・・遠藤氏の元々の祖は千葉氏らしく有名なのは美濃国の遠藤氏もありますが、鎌 […]
桑折城/鶴館の感想 桑折(こおり)城は、鳴瀬川南岸に沿って東西に伸びる丘陵に築かれていて、城の麓を街道が通る交通の要衝の地で重要な拠点だったんだと思われます。桑折城の築城はいつだかわかっていませんが、大崎氏の四家老であった渋谷相模守が居城としていた城で、政庁というよりは軍事的な色彩が非常に強い要塞だった様です。 1588年に大崎合戦で大崎氏と伊達氏が争った際は、大崎氏の本城だった中新田城へ攻め込ん […]
下煤孫館跡の感想 下煤孫館(しもすすまごだて)。そんな読み方なの??と思ってしまうお城の名前ですね。別名で煤孫城、古舘、観音館とも呼ばれるそうです。下煤孫館は煤孫氏のお城で和賀氏の支流で家臣だったようです。今回はたまたま地図で見つけたので訪問してますが、元々は1.2Kmほど離れた場所にある上煤孫館を煤孫氏は居城にしていてこちらの下煤孫館に移ってきたみたいです。 説明板に書かれていたものですが、煤孫 […]
岩崎城の感想 岩崎城は和賀氏の家臣だった岩崎氏の居城だったお城になります。築城は正確には不明ながら、南北朝時代とされていて1336年~1392年ごろと言われているようです。1590年に和賀氏が小田原征伐に参加しなかったことで、岩崎氏も改易となり、1592年には、豊臣秀吉の命令によって南部氏が岩崎城を破壊します。その後、1600年に和賀忠親が領地を取り返すため一揆を起こします(岩崎一揆)。この一揆は […]
師山城の感想 師山城(もろやまじょう)は、現在の宮城県大崎市古川師山字城山に位置する南北朝時代から戦国時代にかけての平城です!大崎平野の中央寄り、鳴瀬川と多田川が合流する付近に置かれた要衝で、奥州探題・大崎氏の初期拠点および対伊達氏防衛の最前線として非常に重要な役割を果たしていた様です。1337年頃に笠原重広が奥州に下向して師山城を築城したと云われており、当初師山城を居城としていましたが、笠原重広 […]