• 2026.05.11

松永久秀墓(奈良県)

『松永久秀の墓』です(`・ω・´)ゞ信貴山城からクルマで約15分ぐらいの所にある『達磨寺』にお墓がありました。 松永久秀は誰もが知っている超有名な武将ですよね!(‘◇’)ゞ 出生が不明ですが三好氏に仕官し三好長慶の側近となりメキメキと力をつけて、三好政権下で三好一族を抑え実力が突飛し始め、三好長慶の配下であると同時に交渉の一環として室町幕府第13代将軍 足利義輝との関係も深 […]

  • 2026.05.11

下垣内城(奈良県)

『下垣内(しもがいと)城』って読むようです・・・本当に日本語って難しいなぁ~(´;ω;`)ウッ…先に記載しました『西宮城https://jh.irukamo.com/post-38406/』と同じ敷地内にあり、間を大きな堀で分けられた城です。下垣内城については城主などの記載が残っていませんが、現地での案内板によると後に石田三成に仕える、嶋左近の一族が築城し、嶋左近(清興)もこの城にいた可能性がある […]

  • 2026.05.11

西宮城(奈良県)

西宮城は『西宮古墳』を利用した城だったと思われ、ちょうど嶋氏の居城だった椿井城https://jh.irukamo.com/tsubaijo/と松永久秀の信貴山城https://jh.irukamo.com/post-38274/の間の盆地に築かれた城です。椿井城https://jh.irukamo.com/tsubaijo/もそうなのですが筒井氏の家臣だった嶋氏の城だったとされ、松永久秀が椿井城 […]

  • 2026.05.11

松永屋敷跡(奈良県)

信貴山城https://jh.irukamo.com/post-38274/からの続きで・・・信貴山城https://jh.irukamo.com/post-38274/から徒歩5~7分ぐらいの所に『松永屋敷跡』がありました!!!\(◎o◎)/!あまり調べていなくて現地で偶然気が付き『え???屋敷ってだいたい山城の麓に造っているケースが多く、戦になるとみんなで山城に登って籠るんじゃないの?』って勝 […]

信貴山城 / 信貴城 / 磯城(奈良県)

信貴山城 / 信貴城 / 磯城の感想 信貴山(しぎさん)城は戦国の梟雄 松永久秀の居城として有名であり、織田信長の息子 信忠を総大将とした大軍に攻められ信貴山城で日本初の自爆(爆死)した武将とされていますが・・・たぶんそんなことはないでしょう!((´∀`))ケラケラ(けど、私はそっちの方が好きなので松永久秀=爆死にしてあります♪)そんなエピソードなど・・・大和国や筒井氏からすれば悪魔の様な武将がい […]

岡崎土橋城(和歌山県)

岡崎土橋城の感想 詳しくはわかっていませんが、雑賀衆に土橋(つちはし)氏という武将がおり、土橋氏が築いた城なんじゃないかと云われているようです。 よって、岡崎土橋城は『おかざきつちはしじょう』って読むんだと思います( `ー´)ノ 行ってみましたが、『本願寺別院岡崎坊』が岡崎土橋城跡の可能性が高く、今では城らしい構造は残っていません。雑賀衆だし当時は『寺=城=居城』であったんではないかと思われます。 […]

小山塚(和歌山県)

小山塚の感想 先程の太田城に記載しましたが、第二次太田城の戦いで豊臣秀吉の水攻めにより太田城は奮戦むなしく落城してしまいます。その際に城主であった太田左近を含む53名は自害させられた太田城内三か所(案内板には四か所とも!?)に埋められたとされ、その一か所がこの『小山塚』と云われているみたいですね。 案内板からは『太田左近宗正と武将たちは自刃した。自刃した武将たちの首級は、秀吉検分後、大阪阿倍野の天 […]

太田城(和歌山県)

太田城の感想 実は・・・紀伊国で行きたかった城のひとつがこの『太田城』です!(`・ω・´)ゞあまり知られてはいませんが、日本三大水攻め(備中高松城・忍城・そしてこの太田城)のひとつとされています。太田城は紀氏が1489年~1492年頃に紀伊国造(『きのくにのみやつこ』『きいこくそう』と云われる紀伊国を支配した国造の神別)の紀氏第64代 紀俊連 が神領保護を目的として『秋月城(近くにありましたがスー […]

雑賀城 / 妙見山城(和歌山県)

雑賀城 / 妙見山城の感想 雑賀城です♪ 歴史好きの方ならピン♪と来るかもしれませんが、鉄砲集団雑賀衆の雑賀衆の中心となった城であり、雑賀(鈴木)孫一(鈴木孫一)の城としても有名な城です(。◕ˇдˇ​◕。)/雑賀城は鈴木佐大夫(すずき さだゆう←鈴木孫一のお父さん!)が築いた城である様ですが、元々は妙見山上に『妙見堂』が建つ丘山上の北側に「千畳敷」と呼ばれる台状地があり、ここに居城を構え城下町を整 […]

湯浅城(和歌山県)

湯浅城の感想 湯浅城は1143年頃に紀伊国佐田郡に青木山に鎌倉時代の武将 湯浅 宗重(ゆあさ むねしげ)によって築かれた城と云われております。湯浅宗重は平清盛に平治の乱の一報を伝え共に上洛したことから有力武将のひとりとされ、その後、平重盛の子 平忠房と共に湯浅城に籠城し源氏と戦いますが、源頼朝に降伏し1186年には所領も安堵されたため紀の川流域の辺まで勢力を拡大し、『湯浅党』と呼ばれていたみたいで […]

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