- 2026.03.22
- 入場料無料,
青山吉次/青山長正の墓(富山県)
青山佐渡守(吉次)/(青山豊後守)長正の墓の感想 青山吉次(あおやまよしつぐ)と青山長正(あおやまながまさ)親子の墓になります。お墓があるのは、以前に投稿した天神山城(富山県)の登山道途中にあります。越中青山氏の詳細なルーツはよくわかりませんが、ざっくり、青山吉次の父、青山信昌(あおやまのぶまさ)が織田信長に支えていたので吉次も織田家臣となり、武功を上げて、賤ヶ岳の戦いや八王子合戦に参加し、織田信 […]
青山佐渡守(吉次)/(青山豊後守)長正の墓の感想 青山吉次(あおやまよしつぐ)と青山長正(あおやまながまさ)親子の墓になります。お墓があるのは、以前に投稿した天神山城(富山県)の登山道途中にあります。越中青山氏の詳細なルーツはよくわかりませんが、ざっくり、青山吉次の父、青山信昌(あおやまのぶまさ)が織田信長に支えていたので吉次も織田家臣となり、武功を上げて、賤ヶ岳の戦いや八王子合戦に参加し、織田信 […]
守山城の感想 松倉城、増山城、とこの守山城が越中三大山城と呼ばれているそうです。守山城は「もりやまじょう」と読みます。頂上まで舗装されていて車で登れてしまうので訪問するのは非常に簡単な山城なので登山が苦手な方にもおすすめです。守山城はこの前に書いた放生津城の詰城だったとされているお城で、放生津城の神保氏と長尾為景が戦った際には神保氏はこの守山城を拠点に戦ったとされているようです。ちなみに長尾為景は […]
放生津城の感想 放生津城(ほうじょうづじょう)と読みます。放生津城は神保氏の居城として有名でもありますが、個人的には足利義稙(あしかがよしたね)/義材(よしき)の逃げてきたお城。身を寄せていた場所としての方が面白く興味がある人です。ここの説明版では義材(よしき)と書かれていますが、この記事では義稙(よしたね)で書かせていただきます。義稙は室町幕府の第10代将軍ですが、幼少期に家督争いの都合で父と共 […]
松倉城の感想 松倉城への訪問です。松倉城は、岐阜県や愛知県にも同名のお城があるので越中松倉城(えっちゅうまつくらじょう)とも呼んだりします。だいぶ上の方まで道が整備されているので山城ですが、本丸に行くのはとても楽な山城です。松倉城は普門(井上)俊清(ふもん(いのうえ)としきよ)が14世紀前半に築城したとされています。普門氏がどうなったのかはよくわかっていないようですが、南北朝以降は椎名氏のお城とな […]
願海寺城の感想 願海寺城は上杉謙信の家臣、寺崎盛永の城とされています。元々は上杉氏の神保氏や椎名氏に対する城として築城されたのではないかと思われます。その後、1581年の織田軍(佐々成政)と上杉氏の戦いの時に寺崎氏が守っていたお城でしたが、落城。その後詳しくはどうなったのかわからないですがしばらくして廃城になったのではないかと思われます。この願海寺城の城主だった寺崎森永ですが、ころころと主君を変え […]
升方城/舛方城の感想 升方城は椎名氏が松倉城の支城として築城したお城とされています。椎名氏は越中の守護代として室町時代あたりに来たと思われます。同じ時代に守護代として神保氏も越中に来ており、戦国時代にもなると両者の間で越中の領国支配で争いが加熱して行きます。武田や一向宗を味方につけた神保氏と上杉を味方に付けた椎名氏で争いますが、神保氏の勢力が弱まると椎名氏は武田氏を味方につけて上杉に反旗を翻します […]
大峪城の感想 大峪城はおおがけじょうと読みます。現在は「富山市五福芝生スポーツ広場」になっています。その前は五福小学校がここにあったみたいですね。どのように入っていいのか分からず外から撮影させていただきました。 なんとなく土を持ったような地形になっていて城跡のようにも見えますが、学校を建てる際に造成したり、現在の公演を作る際にも造成してそうなので当時のものとは言えない感じですかね。 お城の歴史とし […]
太田本郷城の感想 太田本郷城は今泉城の付城として河田長親が築城したとされているお城とのことです。織田軍に備えてかと思いましたが、1573年に一向一揆勢に対する向城として築城と書かれているので、この近くに一向一揆の城か砦のようなものがあったのではないかと思われますが、具体的にどこに対しての向城なのかはよくわからないみたいですね。 現在の太田本郷城ですがm、遺構らしきものは見ることはできず石碑と説明板 […]
今泉城の感想 今泉城は椎名氏もしくは河田長親が築城したとされているお城で、現在は日枝神社が立っているあたりとされていて、日枝神社の傍に今泉城跡の石碑があります。遺構らしきものは田んぼになってしまっていたりと見つけることはできませんでした。 今泉城は椎名氏の築城とすると、結構古くからあった可能性もあるのかなと思われます。椎名氏は鎌倉時代に越中に来たとされている氏族でルーツとしては千葉氏の支流の家系と […]
天神山城の感想 天神山城は織田軍と上杉軍が戦った際に上杉景勝が陣として使用した場所とされています。戦いの戦地となったのはこの天神山城の麓にある魚津城で1582年に魚津城の戦いが起こり、織田軍に包囲された魚津城を救援するために天神山城に陣を敷きました。しかし、さすがに柴田勝家、佐々成政、前田利家と織田軍でも有力な武将たちに包囲されたお城を上杉景勝も助けることができず魚津城は落城。ただ落城が本能寺の変 […]