一関城/釣山城/高崎城/一関要害(岩手県)
一関城の感想 伝承としては平安時代に坂上田村麻呂が築城したとも言われているようです。ただ一般的に確認できている城主としては、葛西氏の家臣だった小野寺伊賀守道照が天正年間(1573〜1591年)に築城したとされています。その後、奥州仕置によって葛西氏が滅亡すると、木村吉清・高清親子が城主となります。そして1604年に伊達政宗が叔父である留守政景(るすまさかげ)を城主にし、寛文年間(1661〜1672 […]
お城の中で山間部や山頂部に築かれた山城一覧。訪問した記事を表示しています。
一関城の感想 伝承としては平安時代に坂上田村麻呂が築城したとも言われているようです。ただ一般的に確認できている城主としては、葛西氏の家臣だった小野寺伊賀守道照が天正年間(1573〜1591年)に築城したとされています。その後、奥州仕置によって葛西氏が滅亡すると、木村吉清・高清親子が城主となります。そして1604年に伊達政宗が叔父である留守政景(るすまさかげ)を城主にし、寛文年間(1661〜1672 […]
松葉城/岩瀬城の感想 松葉城(岩瀬城)は、1236年に西園寺公経(きんつね)が現在の宇和島一帯を荘園となったことから始まり、西園寺公良(きみよし?)の時に、1376年に前身の岩瀬城に入城したと云われています。それから岩瀬城は松葉城となり、伊予西園寺氏第19代目当主の西園寺実充(さねみつ)が黒瀬城に居城を移すまでの約170年間を伊予西園寺氏の本城としていた様です。(説明板に書いてありました!) 松葉 […]
法華津本城/法華津城の感想 法華津(ほけづ)本城の築城は定かではありませんが、南北朝時代には伊予西園寺(いよ さいおんじ)氏に従っていた法華津氏(本姓は清原氏)が築いた様です。歴史はかなりあったのかな?室町時代から戦国時代に掛けて法華津氏は西園寺氏の中でも法華津水軍を率いた一族だった様です。法華津氏ははじめ犬尾城を本城としたとも伝えられるが、のち法華津(海側)に転じて海に面した標高43.5mの独立 […]
港山城/湊山城の感想 1186年~1467年頃からに河野氏によって築かれたと云われています。なんでこんなに期間がはっきりしないかと云えば、1186年頃には築城されていたとも云われ、また、河野氏が湯築城を築き移った際(1334年~1338年)に築かれたのではないかとも云われているようです。どちらにしても、港山城は三津の港を見下ろす場所に築かれていることから、海運と港の警護と監視や有事の際に軍船で出撃 […]
金子城/金子山城/橘江城の感想 伊予国新居郡金子山に金子氏が築いた金子城ではありますが、築城はいつなんだかわかっていません。しかし、金子氏は武蔵国の金子氏. 蜻蛉 (桓武平氏村山党). 武蔵七党のひとつ村山党の一族らしく、武蔵七党とは鎌倉時代に活躍した武士集団なので、金子氏はかなり昔に伊予国に下って来たものだと思われます( `ー´)ノ(持論!苦笑) 金子城と云えば!!!金子元宅(かねこもといえ)で […]
伊予岡崎城の感想 伊予国新居郡(現在の愛媛県新居浜市郷)に位置した岡崎城は、新居郡の豪族・金子氏の重要な支城であり、金子城(本拠)の東方を防衛する前線拠点として、また平時の居館・水軍基地として機能した山城です。金子元宅(かねこ もといえ)と金子城についてはこの後に詳しく記載しようと思います(`・ω・´)ゞ 伊予岡崎城は藤田芳雄・藤田俊忠が城主として務めており、1585年の豊臣秀吉による『四国征伐』 […]
轟城/大西城の感想 築城年代は定かではありませんが、1394年〜1428年頃に信藤正国によって築かれた城だと云われています。 その後、信藤氏が七代続き約100年間も信藤氏の居城でありましたが、信藤正親の時に何があったのか全くわかりませんが、権力の座から降りて民間人となり轟城は一時は居城になっていた様です。。。(そんな事あるんかい!?(+o+)) 1574年に大西備中守元武によって城が修築され大西氏 […]
芝山城の感想 香西氏の本拠地である勝賀城は標高約364mの堂々たる山城ですが、その東側に位置する標高約188mの芝山(高松市香西北町)に築かれたのが芝山城です。芝山城の山頂の曲輪からは、香西の港(旧香西港)や瀬戸内海、そして香東川を挟んだ高松平野が一望できます。水陸交通の要衝を常に見張り、異常があれば即座に本城へ伝える極めて重要な『監視台・物見の城』だったんじゃないかと思われます( `ー´)ノ ま […]
勝賀城の感想 勝賀城(かつがじょう)は1221年の承久の乱(じょうきゅうのらん)で戦功をあげた、香西資村(藤原資村)が標高365mの勝賀山山頂に中世山城を築き詰城とし、東麓に平時の居城である佐料城(館)を築いて勝賀城は本城とした様です。因みに・・・藤原資村(すけむら)が讃岐国香川郡綾南条に入国した際に、この地名をとって『香西こうざい)氏』を名乗るようになったみたいですね(`・ω・´)ゞ 南北朝時代 […]
昼寝城の感想 昼寝城(ひるねじょう)は、香川県さぬき市多和の標高約280m(比高約130m)の要害に位置する中世山城です。へんてこな名前ですよねぇ~((´∀`))ケラケラ けど、城名とは裏腹にとても堅固な山城でした!!!! 一説には・・・周囲の地形があまりにも急峻で防御性能が高いため、『攻め寄せる敵など恐れるに足らず、城内で『昼寝』ができるほど安心な要害である』ということから名付けられたという話も […]