箕冠城/箕冠山城(新潟県)
箕冠城/箕冠山城の感想 日本(漢字)って難しいですなぇ~(=゚ω゚)ノ箕冠城(みかぶりじょう)と読みます!!! 箕冠城は越後国にあり上杉謙信の居城の春日山城や高田城の直ぐ近く、信濃国から越後国に攻められるときの越後国の入口を向かいの山城である鳥坂城と共に抑える非常に重要な位置づけにある山城です。 箕冠城は越後国守護の上杉家の重臣大熊氏が守る重要な城で、上杉謙信の時代には大熊朝秀(おおくまともひで) […]
箕冠城/箕冠山城の感想 日本(漢字)って難しいですなぇ~(=゚ω゚)ノ箕冠城(みかぶりじょう)と読みます!!! 箕冠城は越後国にあり上杉謙信の居城の春日山城や高田城の直ぐ近く、信濃国から越後国に攻められるときの越後国の入口を向かいの山城である鳥坂城と共に抑える非常に重要な位置づけにある山城です。 箕冠城は越後国守護の上杉家の重臣大熊氏が守る重要な城で、上杉謙信の時代には大熊朝秀(おおくまともひで) […]
雀舘の感想 雀館(すずめだて)は五城目城/砂沢城の支城として築かれた様です。現在は雀館公園として整備されています。周囲に帯曲輪状の平坦地が見られる程度で明瞭な遺構は残っていなかったです。道路を跨いで体育館側に県指定の『雀館古代井戸』が残っていました(`・ω・´)ゞ 雀舘画像ギャラリー これが『雀館古代井戸』です!(。◕ˇдˇ◕。)/ 雀舘情報 築 城 不明(1590年頃?) 城 主 不明(五城目 […]
浦城の感想 浦城は現在の秋田県南秋田郡八郎潟町にある山城で浦城は三浦兵庫守盛永(みうらひょうごのかみもりなが)の居城でした。三浦氏は現在の神奈川県三浦半島の衣笠城に居住し『三浦平太』と姓を改めたのが三浦家(こっちの方が有名ですね)の元祖となった一族で、この三浦家に関係する三浦の名前が出てくるのは今から約450年前。始祖であるとなったのが三浦兵庫頭盛永(みうらひょうごのかみもりなが)でみたいです( […]
池和田城の感想 鎌倉時代の名門、三浦氏の一族がこの地に移った和田正治が築いたと云われています。池和田の地名も和田氏に由来するもんなのかなぁ???(=゚ω゚)ノ 戦国時代に入ると和田氏ではなく多賀氏が池和田城の城主となり、常に里見氏と行動を共にした様ですね。池和田城主多賀高明は里見義堯(さとみよしたか)に従軍し第一次国府台合戦・第二次国府台合戦に参戦。結果はすべての合戦に惨敗し勝ちに転じた後北条氏は […]
鶴舞城 / 鶴舞城本丸之跡 / 鶴舞藩庁跡の感想 大多喜街道(国道号線)から少し外れた鶴舞看護専門学校への道を進むと舞鶴城/舞鶴藩庁跡があります。舞鶴城/舞鶴藩庁跡は意外と築城?は浅く明治元年に入ってからで、浜松城6万石の城主だった井上正直公が、 1868年(明治元年) に徳川家移封に伴い鶴舞へ転封となり築城したと云われています。舞鶴城/舞鶴藩庁跡は養老川の支流である平蔵川の 右岸の台地上に位置し […]
万木城/万喜城/満喜城/万騎城の感想 万木城/万喜城(満喜城)は摂津国から上総国へ入国した土岐時政築いたとされていますが、正確には時期も築城者もわかっていない様です。表舞台に出てくるのが土岐為頼(ときためより)の時で、土岐為頼は隣国の巨大勢力安房国の里見義堯(さとみよしたか)と婚姻関係を結んで勢力拡大を図りますが、第二次国府台合戦で里見氏が敗北すると、後北条に上総国も圧力が掛けられ里見氏から鞍替え […]
升方城/舛方城の感想 升方城は椎名氏が松倉城の支城として築城したお城とされています。椎名氏は越中の守護代として室町時代あたりに来たと思われます。同じ時代に守護代として神保氏も越中に来ており、戦国時代にもなると両者の間で越中の領国支配で争いが加熱して行きます。武田や一向宗を味方につけた神保氏と上杉を味方に付けた椎名氏で争いますが、神保氏の勢力が弱まると椎名氏は武田氏を味方につけて上杉に反旗を翻します […]
若江城の感想 若江城の築城は不明ですが、1460年に京都を追われた畠山義就(はたけやまよしなり)若江城に入城したと文献にあるので、その頃には畠山氏関係の城として築かれていたんじゃないかと思います。(*´ω`*) この頃、応仁の乱の引き金となる畠山氏の家督争いが始まり、畠山政長が畠山義就の若江城を攻めると畠山義就は敗れ嶽山城(だけやまじょう)に逃げ去ると、若江城に畠山政長が入城します。たぶん若江城が […]
私部城 / 交野城の感想 私部城は『さきのべ』城と読むようですね~難しい~(*´ω`*) 文献か何かに『サキノヘノ城』と呼ばれる城が出てくるようです。また、この地点は交通の要所から『片野』と呼ばれていた様で、片野から『交野』となり、交野(かたの)城とも呼ばれていいた様ですね( ̄▽ ̄)築城は1558年~1560年頃だと云われ安見右近によって築城された様です。安見氏は元々畠山氏の家臣でしたが、畠山氏が […]
大多喜城の感想 大多喜城に行ってきました! 築城は真里谷(武田)信清が築城したお城で、里見氏が安房の統一を図るために苦心したお城で、私は正木時茂さんのお城だと思って期待していきましたが、地元は本多忠勝さんのお城として盛り上がっていました。その理由は・・・あとあと伝えるとして・・・ 大多喜城は元々『小多喜城』として築かれていたとされ、元々は『根古屋城/大多喜根古屋城』のひとつだった城(砦)が『小多喜 […]