土塁

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土塁のあるお城

和田山城(石川県)

和田山城の感想 1506年頃に一乗谷城の越前守護朝倉貞景に追われた南加賀国一向衆の和田坊超勝寺が築いた城とされ、その後、大小の加賀国一向衆同士の小競り合いから、本願寺が和田坊超勝寺側に付き本願寺一向衆側として確立された様です。この辺は古墳が多く(前方後円墳や前方後方墳や円墳など、この辺一帯にも40数基もの古墳が築かれています!凄いですなぁ~Σ(・□・;) 和田山城も古墳を利用した平山城で、手取川南 […]

大聖寺城 / 錦城(石川県)

大聖寺城 / 錦城の感想 大聖寺(だいしょうじ)城は標高約67mの錦城山(古城山)に築かれた城で、築城の時期ははっきりしていませんが鎌倉時代に狩野氏によって築かれたと云われています。昔からあった城なのでモロモロ歴史はあった、例えば1335年に名越(なごえ)時兼(北条時兼)が南下し攻め込んできた時には狩野一族が大聖寺城に籠りこれを撃退したとの記録が残っていたり、1337年には新田義貞に加担した敷地伊 […]

今江城 / 御幸塚城(石川県)

今江城 / 御幸塚城の感想 今江城は御幸塚(みゆきづか)城とも云い、花山法皇の御幸があったことが由来しているからだそうです。。。築城は不明ですが富樫氏が加賀国の守護大名になる前の富樫泰高の頃に今江城を築いたのではないかと云われています。 1488年に長亨の一揆(高尾城攻防戦)が勃発すると、加賀一向一揆勢に対し富樫泰高はこの今江城に籠城したと云われています。 富樫政親の代になり富樫氏が加賀国守護とな […]

鳥越城 / 別宮城(石川県)

鳥越城 / 別宮城の感想 手取川と大日川の合流点に位置する山の先端部を利用して築かれています。丘陵地ではありますが標高は312mの場所に主郭部が築かれており、1573年頃築かれたと思われますが築城者は不明です。城主としては鈴木出羽守と云う者が城主として入城していたとされています。城主の鈴木出羽守に指導された白山麓本願寺門徒は、南加賀一向一揆において最後まで頑強に抵抗し、1580年に織田信長配下柴田 […]

舟岡城/船岡城/剣城/八幡城(石川県)

舟岡城/船岡城/剣城/八幡城の感想 築城はわかっていませんが、この奥にある鳥越城の支城として築かれたんじゃないかと云われています。一向一揆衆の城としてあり、1580年に織田軍が一向一揆衆討伐のために侵攻し、織田信長の重臣佐久間盛政が1582年に一向一揆方の若林長門守を謀殺して落城させたと云われています。(その時に鳥越城も一緒に落城したようです) 1583年に前田利家が金沢城に入城すると、前田利家の […]

小沢古城址(神奈川県)

小沢古城址の感想 小沢古城址(こさわこじょう)は武蔵七党の横山党の小沢(こさわ)氏の城とされているお城になります。小沢氏は平安時代末から鎌倉時代初期に活躍した一族とされていて、この城は鎌倉時代に築城されたお城と言われています。横山党は武蔵七党の最大派閥と言われていて、この辺りでは相模川の対岸に田名氏、相模川上流に小倉氏の領地があったようです。小沢氏と血縁関係のあったとされています。小沢氏は1213 […]

高尾城 / 多胡城 / 富樫城(石川県)

高尾城 / 多胡城 / 富樫城の感想 高尾城は『たこじょう』若しくは『たこうじょう』と読みます。築城はいつかはわかりませんが、鎌倉時代に加賀国守護大名の富樫政親(とがしまさちか)が築いた山城だと云われているみたいですね( `ー´)ノ高尾城は富樫氏が非常時に楯籠る山城だった様で、通常時は守護所(富樫館)で政務を執っていた様です。 見晴らし台のある高尾城の山頂は『ジョウヤマ』と云われ、背後のは『コジョ […]

堅田城(石川県)

堅田城の感想 堅田(かただ)城は標高113mの丘陵先端部に立地し国道159号線(金沢東部環状道路)のトンネルが走っています。当時も北陸道・小原越(おはらごえ)といった主要街道や、日本海・河北潟(かほくがた)・森下(もりもと)川を見渡すことができる水陸交通の要衝に位置していたと思われます。堅田城の築城は木曽義仲が築城したとの言い伝えがある様ですが実際は不明で、ここ一帯の加賀国は一向一揆が盛んな国とし […]

末吉城 / 堀松城 / 笹山城(石川県)

末吉城 / 堀松城 / 笹山城の感想 末吉城は七尾城を本拠地とした能登畠山氏の支城(出城)として築かれたとされていて、築城は1394年~1427年頃と云われているみたいです。能登外浦街道の浜街道と中道通、安津見から奥山峠を越えて田鶴浜に通じる土田街道、吉田から七尾西湾の大津に通じる得田街道を押さえる重要な役目をする城郭にするために、応仁の乱後、帰国した畠山義統は能登国を防衛する目的で末吉城を完成さ […]

小丸山城(石川県)

小丸山城の感想 小丸山城は能登国の付け根(一番南側?)七尾城の北方面(七尾城が山奥の要害の地にあるので北の海側)に、七尾湾を活かし御祓川(みそぎがわ)沿いに小丸山城はあります。織田信長の命により越前国の府中城で10万石を有してた前田利家が能登国一国を与えられ、越前国から能登国に移り七尾城を本拠地としていた様ですが、山深く要害の地だった七尾城では防御上は利点があったが港から離れていて治世・経済上の利 […]

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