六車城(香川県)
六車城の感想 六車(むぐるま)城の築城主や築城時期は不明みたいです。戦国時代には安富盛定の家臣だった六車宗湛が居城していたと云われています。安富氏は讃岐国の一大勢力であった三好氏に臣従しており、1572年三好長治の命により居城を雨滝城から虎丸城へ移ると、六車宗湛が雨滝城へ六車城から移ったとされています。長宗我部元親が讃岐国に侵攻してくると、主君の安富盛定は豊臣方の仙石秀久を頼って小豆島へと逃れてし […]
六車城の感想 六車(むぐるま)城の築城主や築城時期は不明みたいです。戦国時代には安富盛定の家臣だった六車宗湛が居城していたと云われています。安富氏は讃岐国の一大勢力であった三好氏に臣従しており、1572年三好長治の命により居城を雨滝城から虎丸城へ移ると、六車宗湛が雨滝城へ六車城から移ったとされています。長宗我部元親が讃岐国に侵攻してくると、主君の安富盛定は豊臣方の仙石秀久を頼って小豆島へと逃れてし […]
昼寝城の感想 昼寝城(ひるねじょう)は、香川県さぬき市多和の標高約280m(比高約130m)の要害に位置する中世山城です。へんてこな名前ですよねぇ~((´∀`))ケラケラ けど、城名とは裏腹にとても堅固な山城でした!!!! 一説には・・・周囲の地形があまりにも急峻で防御性能が高いため、『攻め寄せる敵など恐れるに足らず、城内で『昼寝』ができるほど安心な要害である』ということから名付けられたという話も […]
虎丸城/虎丸山城の感想 虎丸城は、讃岐国東部(現在の香川県東かがわ市)の標高約415mの虎丸山山頂に築かれた山城です。阿波国と讃岐国を結ぶ交通の要衝に位置し、戦国時代の「三好一族の讃岐支配」や『長宗我部元親の四国統一』をめぐる激動の舞台となった重要な山城です( `ー´)ノ 築城年は不明であるが寅年に築城されたためこの名を付けたとの説があります。築城者は寒川光員(さんがわ みつかず)あるいはその一族 […]
石浜城/石濱城の感想 中世の武蔵国にある(詳しくは今の東京都台東区浅草近辺)石浜城/石濱城は、石浜氏が築いた城だと云われていますが、築城時期や築城者ははっきりしていません!石浜/石濱の名称は、浅草の北側にある古利根川(今の名称は隅田川)の右岸エリアがそぉ呼ばれていたみたいで、ここが武蔵国と下総国分けた国境であり『隅田の渡し』があったと云われています。石浜氏は江戸氏の一族らしく石浜城/石濱城の城主で […]
古館/一栗城 古城の感想 たぶんなんですが・・・ここが、一栗放牛(いちくりほうぎゅう)が築いたとされる古館がここだと思います(; ・`д・´)!? たまたま古館八幡神社の前に住んでいる方にお会いでき、いろいろとお話を聞いていたら(殆どが神社の説明でしたが・・・)、最初に(一栗城を)築いたのはここだよ的なお話があったので、後々調べてみてここが『古館』と呼ばれる一栗放牛が築いた城/館だったんじゃないか […]
一栗城の感想 大失態をしてしまいました・・・( ノД`)シクシク… 一栗城に訪問した際に、この一栗城の案内板を見て『ここに館があったのかな?』って勝手に思ってしまい周辺をパシリ!!! その後撤退してしまいました(´;ω;`)ウッ…後で調べてみたら、この案内板の裏山にそびえる比高60mほどの山稜に築かれた山城だった様です。 一栗城は大崎氏の重臣で岩手沢城(岩出山城)の城主だった氏家氏の一族の一栗(い […]
前沢城の感想 前澤城は三田将監(みたしょうげん)によって鎌倉時代に築城されたと書いてありました。正直、三田将監が何者なのかよくわからないですが、葛西氏の家臣だった柏山氏の家臣、三田氏のお城になります。戦国時代になり、1588年、三田義広が大崎氏に内通していると疑われて、柏山氏が前沢城を包囲し前沢城は落城。三田義弘も自害して三田氏は滅亡したようです。 その後は、1590年の奥州仕置によって、伊達氏の […]
水沢城/水沢要害の感想 水沢城は1057年に源頼義によって築かれたとも言われているみたいですが、築城は不明のようです。葛西氏の家臣だった、蜂谷氏、佐々木氏、柏山氏などのお城とも言われているそうです。室町時代、戦国時代に葛西氏の配下にあったことは確実なようですね。1591年に奥州仕置で葛西氏が改易されると、木村吉清の領地となり水沢城には家臣だった松田源太郎左衛門が城主になったとのことです。葛西・大崎 […]
胆沢城の感想 胆沢城(いさわじょう)と読みます。胆沢城は、平安時代 802年に坂上田村麻呂が作ったと言われています。城というより時代的に「柵」(政治などの役所的なもの)になるかと思います。808年ごろに多賀城から軍政を司る「鎮守府」が遷されて10世紀後半頃まで鎮守府胆沢城として使われたとのことです。 胆沢城は大正時代に国指定史跡に指定されていて(だいぶ昔に指定されているんですね!)現在は令和元年6 […]
金ヶ崎城/金ヶ崎要害の感想 平安時代に坂上田村麻呂が館を築いたという伝説もある岩手県の金ヶ崎城です!基本的に現在の遺構としては1591年に 伊達領にこの地がなった時に南部氏の領地と接しているために金ヶ崎要害として作られたとされているみたいです。その後、桑折氏や留守氏が金ヶ崎城に入り、1644年に伊達一族の大町氏が明治維新まで城主となったようです。 現在の金ヶ崎城ですが、概ね城の曲輪や土塁などの遺構 […]