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門のあるもの

足利氏宅跡/鑁阿寺(栃木県)

足利氏宅跡(鑁阿寺)の感想 足利義康を祖とする足利氏の館跡に行って来ました。鑁阿寺(ばんなじ)として本堂が国宝に指定されており、途中で修繕されているとのことですが、1299年に建てられたとのことです。震災など地震もありながら今でも残っていることが奇跡に感じます。今後も大事に残してほしいですね。この足利氏館は義康の息子である足利氏2代目の義兼によって1197年に建てられたとのことです。この義兼の妻は […]

烏山城(栃木県)

烏山城の感想 烏山城(からすやまじょう)は、栃木県那須烏山市にある標高202mの八高山に築かれた山城で、『那須烏山市』の地名にある通り、源平の合戦際に『屋島の戦い』で平家側の舟の上に掲げた『扇の的』を射落とした『那須与一』の末裔であると云われているみたいです。鎌倉幕府創設期には、結城氏・佐竹氏と共に那須氏も『関東八屋形』と呼ばれていたが、途中、那須氏も『上那須家』と『下那須家』の二つに分裂してしま […]

飯山城(長野県)

飯山城の感想 今回は長野県北東部にある飯山市のお城、飯山城に行ってきました。飯山城は室町時代頃に泉弥七郎が築城したお城ですが、戦国時代に入り、上杉謙信が信濃に進行してくる武田信玄に対抗するための重要な拠点として改修整備したお城でもあります。武田信玄の幾度かの攻めにも飯山城は落ちることは無かったと伝えられています。確かに実際に行ってみると、平山城なのですが、千曲川などの河川が自然の堀の代わりをしてい […]

坂本城(滋賀県)

坂本城の感想 坂本城と言えば明智光秀のお城ですね。ほとんど何も残っていないこともありなかなか足が向かなかったのですが、今回、幻の城と言われた坂本城に新発見、令和6年2月11日に三の丸の石垣が発見されたとのことで発掘調査説明会に行ってきました。坂本城は1571年に織田信長が比叡山延暦寺の焼き討ちによる功績により明智光秀に与えた所領坂本に築城されたお城です。明智光秀は岐阜県可児市の明智城で生まれたと言 […]

長篠城(愛知県)

長篠城の感想 とても有名な城ですね!歴史のターニングポイント!トリガーとなる時代の重要な城です。 『長篠城』です!!!!! 長篠城は菅沼氏が築城したといわれ、主に松平氏の居城としていました。長篠城は豊川と宇連川が合流する天然の要害を要し、信濃国・遠江国・三河国への街道に繋がる交通の要所でもある重要な城だったことがわかります。武田信玄が西上作戦を実施、長篠城もその勢いに呑まれていき当時城主であった菅 […]

竹中氏陣屋跡(岐阜県)

竹中氏陣屋跡の感想 ここは竹中半兵衛の息子竹中重門が築いた陣屋ですが、岩手城とも呼ばれ現在は門だけですが、水堀などで囲われてお城のような作りになっていたようです。城ではなく陣屋の理由は5000石で旗本だったため、大名(1万石以上)ではないので陣屋と呼ばれているとのことです。現在見学できるところは櫓門のみで中に入れますが、門の周囲のみ。理由は陣屋跡は現在小学校になっているためです。しかも現在はこの門 […]

松坂城(三重県)

松坂城の感想 蒲生氏郷のお城、松坂城へ行ってきました。蒲生氏郷は織田信長、豊臣秀吉の家臣として活躍した武将でこの松坂城のあとは会津若松城(黒川城)に92万石で加増転封となっています。蒲生氏は近江蒲生郡発祥の家系で氏郷は近江の日野城を居城として、浅井、浅倉征伐で信長の家臣として活躍。秀吉の時代には賤ヶ岳の戦いや小牧・長久手の戦いなどに参戦しその功績で12万石でこの伊勢に移封となり、1588年にこの松 […]

神戸城(三重県)

神戸城の感想 三重県鈴鹿市にある神戸城です。神戸城は元々、神戸氏の城で神戸氏は北畠氏に仕えていた家系と言われています。その後、織田信長の三男、織田信孝を養子にして神戸信孝と名乗り、信孝は8代当主に就きました。信孝の時代には天守閣もあったお城だったのですが、秀吉に自刃に追い込まれました。信孝が亡くなった後、天守閣は桑名城に移されました。江戸時代には城主は神戸氏ではなくなっていましたが、神戸藩のお城と […]

大垣城(岐阜県)

大垣城の感想 大垣城は関ヶ原の戦いで西軍の石田三成の本拠地になったお城で有名です。そんな大垣城に今回は行ってきました。大垣城の築城年、築城主は不明のようですが、お城の案内には1535年、宮川安定が築城したと書かれていました。個人的には、犬山城の城主でもあり、織田家というか信長を支えた池田恒興のイメージもあるお城です。恒興は清洲会議にも秀吉、柴田勝家、丹羽長秀と共に参加した武将です。 そんな大垣城で […]

郡山城/大和郡山城(奈良県)

郡山城/大和郡山城の感想 藤堂高虎が縄張りしただけあって、なかなかの石垣を有する城です。 郡山城は郡山衆と云われる国人たちが築いた城だった様で、筒井順慶が筒井城から郡山城に移ってから(筒井城から郡山城まで約4㎞ぐらいかぁ)改築されていったんだと思います。筒井順慶が亡くなると秀吉のもとに人質に出されていた筒井定次が家督を相続し郡山城の城主となります。長年、秀吉のもとに人質に出されていた筒井定次は順慶 […]

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