水沢城/水沢要害(岩手県)

水沢城/水沢要害の感想

水沢城は1057年に源頼義によって築かれたとも言われているみたいですが、築城は不明のようです。葛西氏の家臣だった、蜂谷氏、佐々木氏、柏山氏などのお城とも言われているそうです。室町時代、戦国時代に葛西氏の配下にあったことは確実なようですね。1591年に奥州仕置で葛西氏が改易されると、木村吉清の領地となり水沢城には家臣だった松田源太郎左衛門が城主になったとのことです。葛西・大崎一揆の後は白石宗実が城主になり、その後、白石宗直が城主を継いで行きますが、宗直が寺池城に転封となり、江戸時代以降は水沢要害となって1615年の一国一城令以降も水沢城は残ったようです。江戸時代以降は柴田宗朝、石母田宗頼、1629年には伊達政宗の従兄弟にあたる留守宗利が入り、以後は宗利を祖とする水沢伊達家が継いで明治維新を迎えたとのことです。

現在は遺構はほぼ残っていないようですが、奥州市役所の敷地内に黒門があり、説明板が設置されています。

水沢城/水沢要害画像ギャラリー

黒門

説明版

姥杉

推定樹齢500年とのことでお城があった当時からあると思われます!

水沢城/水沢要害情報

築 城不明(1057年?)
城 主(源頼義)、葛西氏、木村氏、松田氏、白石氏、柴田氏、石母田氏、留守氏
住 所岩手県奥州市水沢大手町1丁目
種 別平城
廃 城1869年
特 徴
入場料無料
営業時間
駐車場有り(無料)奥州市役所駐車場

水沢城/水沢要害へのアクセス

水沢城/水沢要害レビュー

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