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やぐらのあるお城

亀山城(三重県)

亀山城の感想 亀山城へ行ってきました。亀山城と名のつくお城が多いため、伊勢亀山城とでも呼んでおきます。別名としては粉蝶城(こちょうじょう)とも呼ばれているそうですが、わかる人が少なさそうなので伊勢亀谷城です。元々は関氏のお城で1265年に関実忠によって築かれたと言われています。1590年、豊臣秀吉の名により岡本良勝が亀山城城主となりますが、岡本良勝は関ヶ原で西軍に付いたために桑名城で自害します。以 […]

神戸城(三重県)

神戸城の感想 三重県鈴鹿市にある神戸城です。神戸城は元々、神戸氏の城で神戸氏は北畠氏に仕えていた家系と言われています。その後、織田信長の三男、織田信孝を養子にして神戸信孝と名乗り、信孝は8代当主に就きました。信孝の時代には天守閣もあったお城だったのですが、秀吉に自刃に追い込まれました。信孝が亡くなった後、天守閣は桑名城に移されました。江戸時代には城主は神戸氏ではなくなっていましたが、神戸藩のお城と […]

大垣城(岐阜県)

大垣城の感想 大垣城は関ヶ原の戦いで西軍の石田三成の本拠地になったお城で有名です。そんな大垣城に今回は行ってきました。大垣城の築城年、築城主は不明のようですが、お城の案内には1535年、宮川安定が築城したと書かれていました。個人的には、犬山城の城主でもあり、織田家というか信長を支えた池田恒興のイメージもあるお城です。恒興は清洲会議にも秀吉、柴田勝家、丹羽長秀と共に参加した武将です。 そんな大垣城で […]

伏見城/伏見桃山城(京都府)

伏見城/伏見桃山城の感想 元々は豊臣秀吉の隠居先として築かれた城で、伏見指月(現在の京都市伏見区桃山町泰長老あたり)辺りを築城したことから、『指月伏見城』と呼ばれていたらしく、その後、2~3回新設。改築されながらいろんな呼び名で呼ばれ、共通していたのが『伏見』だったからまとめて伏見城って云うのかもしれないって俺は思っています!大爆笑 伏見城が有名になったのは、豊臣秀吉・徳川家康がこの伏見城を居城と […]

高崎城(群馬県)

高崎城の感想 高崎城です!正直・・東門(乾櫓)しか残っとらんとです!( ノД`)これは俺の勉強不足で知らんかったんですが、高崎城ってあの徳川四天王のひとり井伊直政が築いたお城みたいですね!(勉強不足ですんまそーん♪)驚きました!? 小田原征伐後関東に国替えされた徳川家康が、当初、箕輪城に送り込んだ井伊直政が箕輪城主となっていたのですが何かあったんでしょうね?笑箕輪城から新たに築城したのがこの高崎城 […]

桑名城(三重県)

桑名城の感想 三重県桑名市の城跡、桑名城へ行ってきました。現在は九華公園となっております。桑名城といえば徳川四天王の一人である本多忠勝のお城のイメージが強いお城です。そんな桑名城ですが、現在桑名城がある場所は元々、東城というお城があった場所と言われており、この東城を築城したのは伊藤武左衛門実房(いとうぶざえもんさねふさ)と言われております。実房は関東からこの地に来て1513年に城館を建てたのが桑名 […]

清洲城(愛知県)

清洲城の感想 清洲城は斯波氏が築城したお城ですが、織田信長のお城、もしくは清洲会議で本能寺の変後に誰を後継にするのか決める会議の舞台として有名ですね。そんな清洲城ですが、今回は出張の仕事終わりで日が沈むまでに間に合わず日没後に到着となったのですが、この時期はプロジェクションマッピングのイベントをやっているらしく動画をとらせていただきました。城好きとしては日中も見たいので出張最終日に日中にもう一度清 […]

江戸城(東京都)

江戸城の感想 何度か訪問をしているものの江戸城は広すぎて断片的になってしまうのである程度画像など素材が揃ってから投稿しようと思い続けてこのサイトを立ち上げてから1年以上が経ってしまいました。先日、少し時間をとれたので江戸城を撮影しまくって来ました。でもまだ回りきれていない門や石垣などの遺構もありますので、また訪問できたら追加させていただきます。 さて、江戸城ですが、現在は皆さんご存知の通り皇居とな […]

小田原城(神奈川県)

小田原城の感想 北条五代のお城といえば小田原城ということで小田原城へ行ってきました。 小田原城は初代の北条早雲(そううん)が大森氏を倒し手中に収めたお城です。小田原駅のロータリーにも北条早雲公の銅像があります。北条早雲は北条五代で話す場合は使われる名前ですが、この方ものすごい呼び名が多く存命の頃は北条とは名乗っておらず「伊勢宗瑞(そうずい)、伊勢盛時(もりとき)、伊勢新九郎(しんくろう)」などと呼 […]

大洲城(愛媛県)

大洲城の感想 大洲城は鎌倉時代1331年に宇都宮豊房(うつのみやとよふさ)が地蔵ヶ岳に城を築いたのが始まりです。このお城の特徴は複合連結式の4層4階天守閣。連結とは櫓と天守が繋がっていることで、しかも櫓は現存櫓で天守も極力当時の技術と日本の木材を使い現代の技術で精巧に復元されているところです。復元天守は中に入ると綺麗で一眼で当時のものではないと分かりますが、繋がっている現存の櫓と見比べると新旧の違 […]

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