室町時代(主に南北朝時代)

14/34ページ

門司城(福岡県)

門司城の感想 門司城は下関(山口)と北九州(福岡)の間、関門海峡を望む北九州側にあり古城山の山頂に築かれた山城で、古くは源平の合戦時に 平 知盛 が源氏との合戦に備えて築かせた城です。その後は1559年とその2年後の1561年に起こった大友義鎮(大友宗麟)と毛利元就との合戦、『門司城の戦い』の舞台となった城として知られており、毛利元就好きの私も毛利元就を通してこの城も知りました(^▽^)/関門海峡 […]

獅子ケ城 / 獅子城 / 鹿家城(佐賀県)

獅子ケ城 / 獅子城 / 鹿家城の感想 1069年に松浦党の祖となる 源 久 が松浦郡宇野御厨の荘官(しょうかん)となり、源からその地名の松浦を名乗るようになり、松浦党を結成したと云われております。松浦党は古くは平安時代から戦国時代に組織された松浦氏の武士集団の連合軍で、その一族は48にも別れていたと云われています。そのことから『松浦四十八党』とも呼ばれ、現在の長崎県~佐賀県北部まで幅広く分散され […]

宗家 松浦 13代 盛公の墓(長崎県)

宗家 松浦 13代 盛公の墓の感想 松浦党の名前は代々『一文字』とされています!梶谷城の城下に『宗家 松浦 13代 盛公の墓』があります。『盛』と書いて『さかる』と読むようですね。。。 松浦 盛公は松浦氏13代目の当主であり、本拠地はここ『梶谷城』ではなく、佐世保にある『相神浦(あいこのうら)』に『武辺城』を築き、朝鮮との『歳遣船(さいけんせん)貿易』を行い、相神浦(佐世保市相浦)を貿易港として発 […]

梶谷城(長崎県)

梶谷城の感想 ここも訪れたかった城です!松浦党の発祥の地!そして松浦党の祖となった『源 久(松浦 久)』が築いたとされるのが、この梶谷城だと云われています。『???党??? 家とか一族とかじゃないの?』と思われる方も多いでしょうが、松浦党は古くは平安時代から戦国時代に組織された松浦氏の武士集団の連合軍で、その一族は48にも別れていたと云われています。そのことから『松浦四十八党』と呼ばれた水軍武士団 […]

城井ノ上城 / 城井谷城 / 萱切城 / 城井郷城(福岡県)

城井ノ上城 / 城井谷城 / 萱切城 / 城井郷城の感想 この城もめちゃくちゃ城攻めしたかった山城です!『城井ノ上城』です(」’ω’)」オォオォオ!!!ウウゥゥアアォオ!!!!!! これが意外とめちゃくちゃ難しくて・・・(混乱)当初は私は『城井谷城(きいだにじょう)』だと思い辿り着いてみたら、『城井ノ上城(きいのこじょう)』だったり、何かしらの違いはあるのかもしれませんが、よくわからないのでいっし […]

馬ヶ岳城(福岡県)

馬ヶ岳城の感想 個人的に・・・絶対に攻め落としたかった山城です( `ー´)ノ『馬ヶ岳城(うまがたけじょう)』ですわ!!!!何故かと云えば、俺の大好きな黒田官兵衛が九州征伐後、豊臣秀吉から豊前国八郡のうち六郡(ただし宇佐郡の一部を除く)12万5000石を領地として与えられ入国した際に、豊後国最初に入城したのがこの馬ヶ岳城でした!!!(⌒∇⌒)黒田官兵衛は、当初、馬ヶ岳城を拠点としましたが短期間だった […]

土佐 長浜城(高知県)

土佐 長浜城の感想 長浜城は長宗我部元親の初陣となった『長浜の戦い(長浜表の戦い)・戸ノ本の戦い』の舞台となった城です。長宗我部国親・元親親子は、種﨑城に運んでいいた兵糧を本山氏側の潮江(うしおえ)城の兵に奪われたことから戦に発展し、長浜城攻略に踏み切った戦となりました。長浜城攻めには面白いエピソードが残っています。元々は長宗我部氏配下の福富右馬允という者が罪を犯し放逐されました。福富右馬允は本山 […]

潮江城(高知県)

潮江城の感想 潮江は『しおえ』ではなく『うしおえ』と呼びます。よってこの城は潮江(うしおえ)城と云います(^▽^)/ 潮江城の築城はわかっていません。南北朝時代には南朝方の大高坂山城(現在の高知城)を支援するために南朝方の諸将が潮江山に陣取って北朝方と対峙したとされているので、砦などがあったのかもしれません。戦後期時代に入ると潮江城の城主に『片岡氏』や『長氏』の名前が見えますが、『長氏』は本山氏の […]

高知城 / 鷹城(高知県)

高知城 / 鷹城の感想 土佐国の有名な名城『高知城(別名鷹城)』です!(。◕ˇдˇ​◕。)/ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ高知城は『日本100名城』にも選ばれている名城で、皆さんの中では山内一豊や幕末の妖怪(失礼かも!?)山内容堂の居城として有名な城だと思います。 高知城は元々『大高坂山(おおたかさか)城』という城がベースだったとされています。大高坂山城は大高坂氏の居城である。大高坂氏はその昔、源平合戦で平家 […]

吉田備後守邸跡 / 吉田城(高知県)

吉田備後守邸跡 / 吉田城の感想 吉田城は長宗我部氏の居城、岡豊(おこう)城より国分川を挟んで約2kmの場所に、『吉田備後守邸 / 吉田城』があります。吉田備後守孝頼は智謀勇猛で知られた武将で、その昔は藤原秀郷の後裔とと云われており、足利尊氏の下で武功を上げ土佐国の地を貰ったとされています。吉田孝頼は長宗我部国親(元親の父)が土佐国の岡豊城に復帰できると、二十歳ぐらい若い国親の叔母婿となり国親を支 […]

1 14 34