信玄公火葬塚/武田信玄公墓所(山梨県)
信玄公火葬塚/武田信玄公墓所の感想 武田信玄公の遺体を火葬した場所だ云われており『信玄公火葬塚』とも呼ばれている武田信玄公墓所です。武田信玄の愛され方は地元のみならず全国的にも圧倒的で、信玄公の墓と云われるものは山梨県内でも大泉寺と恵林寺にあり、長野県では諏訪湖(湖底に沈めたとか)や長岳寺(下伊那)や竜雲寺(佐久市)、和歌山の県高野山、愛知県の福田寺、京都の妙心寺など全国にあるようですね。 武田信 […]
信玄公火葬塚/武田信玄公墓所の感想 武田信玄公の遺体を火葬した場所だ云われており『信玄公火葬塚』とも呼ばれている武田信玄公墓所です。武田信玄の愛され方は地元のみならず全国的にも圧倒的で、信玄公の墓と云われるものは山梨県内でも大泉寺と恵林寺にあり、長野県では諏訪湖(湖底に沈めたとか)や長岳寺(下伊那)や竜雲寺(佐久市)、和歌山の県高野山、愛知県の福田寺、京都の妙心寺など全国にあるようですね。 武田信 […]
信虎誕生屋敷/岩下氏館跡の感想 武田信虎の誕生屋敷の跡になります。今は果物園みたいになっており史跡は確認できませんでしたが、案内板からだとこの一帯に館跡があったらしく館林には水路が巡り西側は2mほど高くなっているようです。確かに案内板の前には水路があり堀と云うかそんなものを連想させる構造でした。 岩下氏も知らなかったので少し調べてみると、甲斐伴氏流宮原氏の庶流に岩下氏がありその岩下氏ではないかとさ […]
小山塚の感想 先程の太田城に記載しましたが、第二次太田城の戦いで豊臣秀吉の水攻めにより太田城は奮戦むなしく落城してしまいます。その際に城主であった太田左近を含む53名は自害させられた太田城内三か所(案内板には四か所とも!?)に埋められたとされ、その一か所がこの『小山塚』と云われているみたいですね。 案内板からは『太田左近宗正と武将たちは自刃した。自刃した武将たちの首級は、秀吉検分後、大阪阿倍野の天 […]
宇喜田秀家潜居跡平野屋敷の感想 宇喜田秀家は宇喜田直家の嫡男で関ヶ原の戦いで西軍側として戦った武将になります。宇喜田秀家の正室は豪姫(ごうひめ)で映画にもなったので知っている方もいらっしゃるのではないかと思います。ちなみに宇喜田秀家の居城は岡山城になります。豪姫は加賀藩(石川県)の大名前田利家の四女になります。 宇喜田秀家は西軍の副大将として参戦し、西軍が敗れたので関ヶ原から伊吹山に逃走します。そ […]
伝 真田幸村のお墓の感想 いやっ!まさか。そんな真田幸村のお墓が鹿児島県にあるなんて😱あくまでも言い伝えレベルの確証のないものではありますが、なんかもしかしたらとか考えてしまいますよね。 そして事前に断っておきますが、お墓まで行けておりません。。入り口で引き返しました。🙇写真ではわかりづらいと思いますが、かなりあたりが暗くなっている時間で山の中なので何かあったらと思 […]
島津貴久の灰塚の感想 島津貴久公は加世田のこの地で父親の日新公同様に亡くなり荼毘に伏されたとのことです。貴久のお墓としては福昌寺跡の島津家墓所にあります。この灰塚がどうなのかはよくわかりませんでしたが、一般的に灰塚は荼毘に伏した時の棺など一緒に燃やしたものを塚として埋葬したものになります。なので遺骨などはこの場所には埋葬されていないと思われます。島津貴久の灰塚ですが、貴久の息子、島津義久が釈迦院を […]
加世田麓の感想 加世田麓(かせだふもと)と呼びます。別府城/加世田城の麓にある場所で、簡単に言うと、城下の武家屋敷街だったところをこのように麓と呼んでいるみたいです。麓についての詳細な説明がなかったのでこのように理解しています。 加世田麓以外にも十二の麓があるみたいで幟旗が立てられていました。無料で武家の住宅が見学できるとのことで「旧鯵坂家住宅」に入らせていただきました。ただ、門があていたので入ら […]
帖佐地頭仮屋跡の感想 帖佐地頭仮屋とは、江戸時代に地頭という藩から役人が派遣されてきてその人たちが政務を行なった場所を「地頭仮屋」と呼ぶみたいです。帖佐地頭仮屋においては島津藩としての派遣というよりは越前島津藩の領主もしくは家臣が地頭として政務を行なっていたようです。現在の帖佐地頭仮屋は帖佐小学校になっており、遺構らしきものは残っていないようです。 この地頭仮屋(帖佐小学校)の横の道を進んでいくと […]
山名氏発祥の地の感想 前にも書きましたが・・・笑清和源氏の流れで新田義重の子(庶子)義範が上野国碓氷郡八幡荘の山名郷を与えられたことから、山名を名乗る様になり山名義範を名乗ったのがされており、山名義範から義節→義国→重村→義長→義俊→政氏→時氏・・・っと八代にわたって居城がここ高臺寺(高台寺)にありました♪山名時氏の時に足利尊氏に従い京都六破羅攻撃のため西国に向かい、その後、山名時氏は伯耆国の守護 […]
山名氏関係の墓石群の感想 打吹城(うつぶきじょう)から約2.2km、小鴨川を渡った鳥取県倉吉市巌城に境内を構えている曹洞宗の寺院である『山名寺』があります。スタートは伯耆国の守護大名だった山名時氏公が1357年により創建した光孝報恩禅寺にあります。戦国時代の末期になってくると、山名氏の滅亡により哀退した様ですが、1605年に中村伊豆守が再興して『清浄山山名寺』と称せさせ今に至っている様です。今は立 […]