CATEGORY 和歌山県

和歌山県のお城やその武将などにまつわる場所を表示しています。

岡崎土橋城(和歌山県)

岡崎土橋城の感想 詳しくはわかっていませんが、雑賀衆に土橋(つちはし)氏という武将がおり、土橋氏が築いた城なんじゃないかと云われているようです。 よって、岡崎土橋城は『おかざきつちはしじょう』って読むんだと思います( `ー´)ノ 行ってみましたが、『本願寺別院岡崎坊』が岡崎土橋城跡の可能性が高く、今では城らしい構造は残っていません。雑賀衆だし当時は『寺=城=居城』であったんではないかと思われます。 […]

小山塚(和歌山県)

小山塚の感想 先程の太田城に記載しましたが、第二次太田城の戦いで豊臣秀吉の水攻めにより太田城は奮戦むなしく落城してしまいます。その際に城主であった太田左近を含む53名は自害させられた太田城内三か所(案内板には四か所とも!?)に埋められたとされ、その一か所がこの『小山塚』と云われているみたいですね。 案内板からは『太田左近宗正と武将たちは自刃した。自刃した武将たちの首級は、秀吉検分後、大阪阿倍野の天 […]

太田城(和歌山県)

太田城の感想 実は・・・紀伊国で行きたかった城のひとつがこの『太田城』です!(`・ω・´)ゞあまり知られてはいませんが、日本三大水攻め(備中高松城・忍城・そしてこの太田城)のひとつとされています。太田城は紀氏が1489年~1492年頃に紀伊国造(『きのくにのみやつこ』『きいこくそう』と云われる紀伊国を支配した国造の神別)の紀氏第64代 紀俊連 が神領保護を目的として『秋月城(近くにありましたがスー […]

雑賀城 / 妙見山城(和歌山県)

雑賀城 / 妙見山城の感想 雑賀城です♪ 歴史好きの方ならピン♪と来るかもしれませんが、鉄砲集団雑賀衆の雑賀衆の中心となった城であり、雑賀(鈴木)孫一(鈴木孫一)の城としても有名な城です(。◕ˇдˇ​◕。)/雑賀城は鈴木佐大夫(すずき さだゆう←鈴木孫一のお父さん!)が築いた城である様ですが、元々は妙見山上に『妙見堂』が建つ丘山上の北側に「千畳敷」と呼ばれる台状地があり、ここに居城を構え城下町を整 […]

湯浅城(和歌山県)

湯浅城の感想 湯浅城は1143年頃に紀伊国佐田郡に青木山に鎌倉時代の武将 湯浅 宗重(ゆあさ むねしげ)によって築かれた城と云われております。湯浅宗重は平清盛に平治の乱の一報を伝え共に上洛したことから有力武将のひとりとされ、その後、平重盛の子 平忠房と共に湯浅城に籠城し源氏と戦いますが、源頼朝に降伏し1186年には所領も安堵されたため紀の川流域の辺まで勢力を拡大し、『湯浅党』と呼ばれていたみたいで […]

八幡山城 / 吉田城(和歌山県)

八幡山城 / 吉田城の感想 1346年頃(かなり古いですねぇ~)に旧矢田荘領主の吉田頼秀によって築かれた山城と云われている様です。吉田頼秀は近隣の土生城主逸見氏や山崎城主川上氏と縁戚を結び、連携をとってこの地を納めていたものと思います。三男の吉田金毘羅丸(すげぇ~激しい名前ですね!?(;゚Д゚))の居城となると、亀山城主の湯川(湯河)氏が日高平野に侵攻してきたため、吉田氏らは敗れ・・・没落したと云 […]

入山城(和歌山県)

入山城の感想 紀伊国にある入川城は、西側に西川が流れ堀として東側には亀山城を備える両城で連携した山城だと思われます。丘陵中央部は標高76mの『城山』部分と南端の標高は34mの『本丸』部分の二か所を備えた山城です。築城は定かではありませんが、三好義長が1522年に阿波国から紀伊国に侵攻した際に畠山氏と戦った際に築かれた山城だと云われているみたいですね。その後は、一度敗れた畠山氏が地元の豪族湯川(湯河 […]

亀山城 / 丸山城(和歌山県)

亀山城 / 丸山城の感想 亀山城は道湯川(今の和歌山県田辺市)から日高地域(現在の和歌山県御坊市湯川町)へ進出した湯河光春が1348年に築いた城だと云われています。この湯河(湯川)氏がなかなか面白く家紋は『割菱』であることから・・・たぶん、気のまわる方ならわかると思いますが、元々はあの甲斐源氏の武田氏が祖となり、たぶんですが何かしら罪を犯し紀伊(和歌山)国の熊野に配流(まぁ~簡単に言えば島流し的な […]

新宮城/丹鶴城(和歌山県)

新宮城/丹鶴城の感想 和歌山県新宮市にある新宮城へ行って来ました。新宮城は特別歴史の表舞台に出てくる有名なお城ではないですが、国の指定史跡になっているくらい遺構が残っているお城で江戸時代のお城の作りを知るにはとても良いお城だと思います。平山城で街中に隣接してあるのもアクセスが良くておすすめです。新宮城は浅野忠吉が1601年築城を始めますが、一国一城令(1615年)で一時廃城。その後主君、浅野 長晟 […]

  • 2023.08.19

九度山真田庵(和歌山県)

九度山真田庵の感想 信州長野や群馬のイメージが強い真田氏ですが、真田昌幸、幸村の親子は関ヶ原後ここ九度山に幽閉されて昌幸はこの九度山で生涯を閉じています。個人的に真田昌幸は黒田官兵衛と並ぶ優秀な戦国時代の軍師(策士)だと思っており、とても好きな武将の一人です。幸村はここ九度山から出奔し「日の本一の兵」と呼ばれ大阪夏の陣で活躍したことで有名ですね。あの時、徳川が打ち取られていたら・・なんて考えるのも […]