潮江城(高知県)
潮江城の感想 潮江は『しおえ』ではなく『うしおえ』と呼びます。よってこの城は潮江(うしおえ)城と云います(^▽^)/ 潮江城の築城はわかっていません。南北朝時代には南朝方の大高坂山城(現在の高知城)を支援するために南朝方の諸将が潮江山に陣取って北朝方と対峙したとされているので、砦などがあったのかもしれません。戦後期時代に入ると潮江城の城主に『片岡氏』や『長氏』の名前が見えますが、『長氏』は本山氏の […]
潮江城の感想 潮江は『しおえ』ではなく『うしおえ』と呼びます。よってこの城は潮江(うしおえ)城と云います(^▽^)/ 潮江城の築城はわかっていません。南北朝時代には南朝方の大高坂山城(現在の高知城)を支援するために南朝方の諸将が潮江山に陣取って北朝方と対峙したとされているので、砦などがあったのかもしれません。戦後期時代に入ると潮江城の城主に『片岡氏』や『長氏』の名前が見えますが、『長氏』は本山氏の […]
岡豊城の感想 さてさて・・・岡豊城です!!!云わずと知れた長宗我部元親の居城!岡豊城です!!!(*`艸´)ウシシシ♪『岡豊=おこう』と呼びます。(^▽^)/ 岡豊(おこう)城は、現在の南国市街の北西にある香長平野の北西、国道32号線沿いの国分川を天然の堀とした北側にある標高97mの『岡豊山』に築かれた山城です。岡豊城は長宗我部能俊(よしとし)が鎌倉時代初期に信濃から土佐国に移住し築いた城と云われて […]
大津天竺城 / 大津城 / 天竺城 / 大津御所の感想 大津天竺城は土佐守護の細川氏の流れを組むとか家臣とかと云われている天竺氏が居城とした城で覇を唱えていましたが、『応仁の乱』をきっかけに細川氏が土佐国から離れると(土佐国から阿波国、畿内へ進出したのかな???)天竺氏はその後ろ盾を失い勢力は縮小していったと思われます。1547年、当時の城主だった天竺孫十郎花氏は隣接(直線距離で約3~4㎞)の岡豊 […]
香宗城の感想 香宗(こうそ)城です!けっこう~期待して香宗城に訪れてみたのですが・・・・何???すげぇちっちぇ!(´;ω;`)ウゥゥ 香宗城は土佐の名門 香宗我部氏の居城で、香宗我部氏は土佐七雄の一家とされていた勢力のある一族だったとされています。香宗我部氏のスタートは1193年頃、一条忠頼の家臣だった中原秋家が土佐国香美郡宗我の地頭に命じられ、主君だった一条忠頼が暗殺されるとその子の秋通が養子と […]
姫倉城の感想 昔この辺は大忍荘と呼ばれ熊野新宮の領地であったが、戦国時代は安芸氏の勢力下にはいった朝倉右京の居城として姫倉城は存在していたみたいですね。。。築城はいつだかわからないみたいです(o^―^o) 姫倉城は、夜須川右岸に南北に連なる丘陵が土佐湾に突き出した先端部に位置する月見山山頂部に築かれている山城で、月見山山頂部を二段に削平して一の曲輪と二の曲輪とし、一の曲輪には低くなっているが囲繞す […]
白地城の感想 白地城は四国の中央部の山間地に立地し、西の境目峠を越えると伊予国に・・・北の猪ノ鼻峠を越えると讃岐国に・・・東の吉野川を下っていくと徳島平野が広がる阿波国に・・・そして南の大歩危小歩危という難所を越えると土佐国に行ける、四国の中心地であることがよくわかります。調べてみると、白地城の大西氏は細川の流れでも小笠原(三好)の流れでもなく、白地の地の荘官だった近藤京帝が白地城を構え大西氏を名 […]
重清城の感想 重清城は1399年に小笠原長親によって築城された城と云われており、1577年に重清城の城主だった小笠原長政は、約25km離れた白地城の大西覚養の弟で、長宗我部元親に人質として出されていた大西頼包と中鳥城主の久米刑馬(川島城の川島氏と関係が深い一族とも云われているみたいです)に二人によって殺害され、一度、長宗我部に降り弟を人質に出したが三好氏に復帰し長宗我部氏を裏切ったため、長宗我部元 […]
岩倉城の感想 岩倉城は現在の徳島県美馬市にある城で近くには脇城もあり、この岩倉城と脇城とが連携し三好氏がこの一帯を強く支配をしていたことがわかる城ですね。。。(^▽^)岩倉城主で代表的なのは、三好長慶の叔父である三好笑岩(みよししょうがん/元々は三好康長と云い隠居して笑岩/咲岩と称したようですね)の城と云われており、戦国の動乱期は三好笑岩は近畿の織田政権・豊臣政権との駆け引きを展開する一方、この岩 […]
阿波 秋月城の感想 ここではあえて『阿波』秋月城とします! 九州福岡にも秋月城があるので・・・(〃艸〃)ムフッ 秋月城は細川氏が本拠地を勝瑞城(勝瑞館)に移す前の居城と知られています。秋月城は阿波の秋月氏が細川和氏に居城を譲った城らしく、あらためて細川和氏が築城したのが『阿波秋月城』と云われています。また、建武の新政で武功があったので足利尊氏の推挙によって褒賞として阿波国の守護を任され(それまでは […]
上桜城の感想 吉野川沿いの四国山脈の北側に位置し、標高142mの山に築かれた山城が『上桜城』です。吉野川沿いに築かれた川島城からは約1㎞の場所に位置しており、上桜城が落城してから川島城が築かれたことからも、この辺一帯が当時の国政において重要な場所だったことがわかりますね!また、上桜城の城主は篠原長房で、篠原長房は三好長慶の弟三好実休の家臣で、三好長慶・実休と共に畿内を転戦し成果を上げていた勇将であ […]