岡部六弥太忠澄の墓(埼玉県)
岡部六弥太忠澄の墓画像ギャラリー 岡部六弥太忠澄は平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した武蔵武士です。岡部氏は武蔵七党のひとつ猪俣党に属し、祖父の猪俣六太夫忠綱が岡部に居住して岡部を称したことにはじまると云われてます。岡部六弥太忠澄は源義朝(源頼朝の父親)の家人として保元・平治の乱に活躍したみたいです。源平盛衰記には『待賢門(たいけんもん)の戦い』で熊谷直実、斎藤実盛、猪俣小平六など源氏十七騎のひ […]
岡部六弥太忠澄の墓画像ギャラリー 岡部六弥太忠澄は平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した武蔵武士です。岡部氏は武蔵七党のひとつ猪俣党に属し、祖父の猪俣六太夫忠綱が岡部に居住して岡部を称したことにはじまると云われてます。岡部六弥太忠澄は源義朝(源頼朝の父親)の家人として保元・平治の乱に活躍したみたいです。源平盛衰記には『待賢門(たいけんもん)の戦い』で熊谷直実、斎藤実盛、猪俣小平六など源氏十七騎のひ […]
金窪城の感想 金窪城は1177年~1181年頃に武蔵七党と呼ばれる武士集団のひとつ丹党の加治家季が築いた城と云われておりますが、案内板を読んだら新田義貞が金窪城を築き家臣の畑時能が金窪城を居城とさせたとも書いてありますねぇ~(‘◇’)ゞ武蔵七党の加治氏はもっと南の入間・飯能の地域が勢力下なのでここまで離れた場所に金窪城を築くのは何かしらの理由があったのか不思議な感じがします […]
雉岡城/八幡山城の感想 雉岡(きじおか)城は山内上杉氏が八幡山の独立丘陵に築かれた平山城です( `ー´)ノ元々は山内上杉氏の居城として築かれるものの、地形が狭かったゆえに山内上杉氏は上州の平井城を築き移っていったとされています!!! 鎌倉街道沿いの交通要衝を押さえた雉岡城は関東菅領上杉氏の最前線地として築かれており、今は雉岡城の方が大きくなっていますが、上杉氏の五十子陣(いかっこじん/いかっこのじ […]
武田晴信室三条氏墓(たけだはるのぶしつさんじょうしのはか)の感想 武田晴信(信玄)の継室(けいしつ)三条の方のお墓です。継室とは相手の正室が死別や離婚を受けての当主の正式な再婚者として嫁いできた方の事を云い、武田信玄は当初、扇谷上杉氏の上杉朝興の娘と結婚し『上杉の方』がいたのですが早くに亡くなってしまい、その後に嫁いできたのが『三条の方』です。武田信玄と云えば『諏訪御寮人』が有名ですが、三条の方も […]
伴野城/野沢城の感想 伴野城(とものじょう)は別名野田城とも呼ばれており、室町時代ころに拡張されてその時代に野沢城と呼ばれていたようです。伴野城は鎌倉時代初期、小笠原長清の六男である「伴野時長」によって築かれたとされており、現在残っているのは野沢城時代の本丸跡とのことです。伴野城は室町・戦国時代に城郭(二の丸・三の丸等)へと拡張され周囲に濠と土居を巡らせ、南側に正門、西南の高台に物見櫓があったと説 […]
松永屋敷跡の感想 信貴山城からの続きで・・・信貴山城から徒歩5~7分ぐらいの所に『松永屋敷跡』がありました!!!\(◎o◎)/!あまり調べていなくて現地で偶然気が付き『え???屋敷ってだいたい山城の麓に造っているケースが多く、戦になるとみんなで山城に登って籠るんじゃないの?』って勝手に思っていましたの何だろうあぁ???って思って向かってみました。信貴山城の土塁を感じながら下っていくとありました♪ […]
信貴山城 / 信貴城 / 磯城の感想 信貴山(しぎさん)城は戦国の梟雄 松永久秀の居城として有名であり、織田信長の息子 信忠を総大将とした大軍に攻められ信貴山城で日本初の自爆(爆死)した武将とされていますが・・・たぶんそんなことはないでしょう!((´∀`))ケラケラ(けど、私はそっちの方が好きなので松永久秀=爆死にしてあります♪)そんなエピソードなど・・・大和国や筒井氏からすれば悪魔の様な武将がい […]
松倉城の感想 松倉城への訪問です。松倉城は、岐阜県や愛知県にも同名のお城があるので越中松倉城(えっちゅうまつくらじょう)とも呼んだりします。だいぶ上の方まで道が整備されているので山城ですが、本丸に行くのはとても楽な山城です。松倉城は普門(井上)俊清(ふもん(いのうえ)としきよ)が14世紀前半に築城したとされています。普門氏がどうなったのかはよくわかっていないようですが、南北朝以降は椎名氏のお城とな […]
栃尾城の感想 謙信ゆかりの地、栃尾城へ行って来ました。謙信は春日山城で生まれた跡、1544年、14歳ごろにここ栃尾城の城主になります。そして、周辺の領主たちが反旗を翻した「栃尾城の戦い」で初陣を飾ります。栃尾城の戦いの簡単な経緯ですが、もともと、国人領主の傍若無人な振る舞いが目に余るので栃尾城に謙信が送り込まれるのですが、周辺の領主(長尾俊景や黒田秀忠)などは若造なら叩き潰せると思って栃尾城に攻め […]
亀山城 / 丸山城の感想 亀山城は道湯川(今の和歌山県田辺市)から日高地域(現在の和歌山県御坊市湯川町)へ進出した湯河光春が1348年に築いた城だと云われています。この湯河(湯川)氏がなかなか面白く家紋は『割菱』であることから・・・たぶん、気のまわる方ならわかると思いますが、元々はあの甲斐源氏の武田氏が祖となり、たぶんですが何かしら罪を犯し紀伊(和歌山)国の熊野に配流(まぁ~簡単に言えば島流し的な […]