七沢城(神奈川県)
七沢城の感想 七沢城に訪問してきました。現在は七沢城があった山全体がほぼ、AOI七沢リハビリテーション病院になってしまっており、遺構はあまり残っていないのですが、七沢城の案内板はいくつも建てられていて、城跡だということは分かりやすくしてくれております。 七沢城の歴史ですが、1450年に鎌倉公方である足利成氏(しげうじ)と、関東管領山内上杉憲忠(のりただ)の重臣たちの間で争いが起こり、上杉方に攻めら […]
七沢城の感想 七沢城に訪問してきました。現在は七沢城があった山全体がほぼ、AOI七沢リハビリテーション病院になってしまっており、遺構はあまり残っていないのですが、七沢城の案内板はいくつも建てられていて、城跡だということは分かりやすくしてくれております。 七沢城の歴史ですが、1450年に鎌倉公方である足利成氏(しげうじ)と、関東管領山内上杉憲忠(のりただ)の重臣たちの間で争いが起こり、上杉方に攻めら […]
荻野山中藩陣屋跡の感想 荻野山中藩陣屋もしくは荻野山中陣屋と言われている場所になります。住宅に挟まれた場所にポツンとある史跡ですが、遺構はほぼ何もなく、山中稲荷に標柱が山中陣屋跡史跡公園に案内板などがあります。訪問時はあまり詳しく調べてなく、たまたま近くに行った際に寄っただけなので、山中陣屋跡史跡公園があることに気づかずに山中稲荷のところだけ訪問して帰ってしまいました。。次回近くに行った際には公園 […]
徳川義季累代の墓/新田家累代の墓の感想 世良田東照宮と同じ敷地内に徳川義季累代の墓と新田家累代の墓があります。徳川義季累代の墓は「文殊山」と呼ばれる前方後円墳の上に、造られていて国の重要文化財に指定されている宝塔があり、徳川義季をはじめとする累代の墓とされています。前方後円墳の上にお墓があるって、お墓の上にお墓を作っているということで罰当たりなんじゃない?と思うのは私だけでしょうか。 徳川義季につ […]
徳川氏発祥の地/世良田東照宮の感想 この辺りを回っている時に調べたら徳川氏発祥の地と出てきたので訪問してみました。徳川氏発祥の地と看板は出ていたのですが、石標的なシンボルみたいなものは見当たりませんでした。 この世良田東照宮ですが、三代将軍 徳川家光が1644年に日光東照宮から一部の社殿などを移築して創建されたとのことです。詳しくはわかりませんが、南光坊天海が家光に助言して造らせたとも言われている […]
世良田館の感想 世良田東照宮の隣に世良田館跡として公園が整備されています。世良田氏は新田氏の支流で新田義重の次男?の頼氏(よりうじ)が世良田荘をもらったことで世良田氏を名乗るようになっていきます。説明版では昭和9年ごろの記載として世良田義政館址との記載があると書かれており、少し謎になります。一応、最初は新田義貞側だったのでその当時には館は世良田にあったということですかね。その後は足利氏側について裏 […]
池和田城の感想 鎌倉時代の名門、三浦氏の一族がこの地に移った和田正治が築いたと云われています。池和田の地名も和田氏に由来するもんなのかなぁ???(=゚ω゚)ノ 戦国時代に入ると和田氏ではなく多賀氏が池和田城の城主となり、常に里見氏と行動を共にした様ですね。池和田城主多賀高明は里見義堯(さとみよしたか)に従軍し第一次国府台合戦・第二次国府台合戦に参戦。結果はすべての合戦に惨敗し勝ちに転じた後北条氏は […]
鶴舞城 / 鶴舞城本丸之跡 / 鶴舞藩庁跡の感想 大多喜街道(国道号線)から少し外れた鶴舞看護専門学校への道を進むと舞鶴城/舞鶴藩庁跡があります。舞鶴城/舞鶴藩庁跡は意外と築城?は浅く明治元年に入ってからで、浜松城6万石の城主だった井上正直公が、 1868年(明治元年) に徳川家移封に伴い鶴舞へ転封となり築城したと云われています。舞鶴城/舞鶴藩庁跡は養老川の支流である平蔵川の 右岸の台地上に位置し […]
万木城/万喜城/満喜城/万騎城の感想 万木城/万喜城(満喜城)は摂津国から上総国へ入国した土岐時政築いたとされていますが、正確には時期も築城者もわかっていない様です。表舞台に出てくるのが土岐為頼(ときためより)の時で、土岐為頼は隣国の巨大勢力安房国の里見義堯(さとみよしたか)と婚姻関係を結んで勢力拡大を図りますが、第二次国府台合戦で里見氏が敗北すると、後北条に上総国も圧力が掛けられ里見氏から鞍替え […]
上総国府台城の感想 ここも国府台城と云いますがあまりメジャーではありません(´;ω;`)ウゥゥ有名なのは市川市にある国府台城ですね!なんてたって1538年の第一回国府台合戦や1564年の第二回国府台合戦があり、後北条氏が足利氏や里見氏大勝した有名な舞台になった城ですが、こっちはそこまででもないので(苦笑)向こうを『国府台城』としこっちは『上総国府台城』とさせて頂きます!( `ー´)ノ 萬喜(万木) […]
奥津城 / 興津城 / ゆうげの城の感想 千葉県勝浦市興津字要害にある山城の奥津城/興津城(おくつじょう)です( `ー´)ノ奥津城は1258年頃に地元の武将佐久間兵庫介重吉とその子佐久間兵庫頭重貞によって築城されたと云われています。その後は、真里谷(まりがやつ / まりやつ)氏(真里谷氏は上総武田氏ですね!)や正木氏の傘下に入ります。正木氏が奥津城/興津城を傘下に治めたのは1544年頃だと思われ、 […]