弓木城(京都府)
弓木城の感想 弓木城は丹後国(現在の京都府与謝野町岩滝)にあり、鎌倉時代の末期頃に稲富氏が築いたことから始まったとされいるみたいですね。稲富氏は元々伊勢平氏の流れを組む山田氏だった様で、丹後国に侵攻した際にこの稲富姓を名乗り土着したようです。室町時代になり足利一門の一色氏が丹後国の守護大名となるとそれに従い家臣として務めていた様です。 戦国時代に入ると室町幕府四職筆頭格だった一色家当主の一色義定が […]
弓木城の感想 弓木城は丹後国(現在の京都府与謝野町岩滝)にあり、鎌倉時代の末期頃に稲富氏が築いたことから始まったとされいるみたいですね。稲富氏は元々伊勢平氏の流れを組む山田氏だった様で、丹後国に侵攻した際にこの稲富姓を名乗り土着したようです。室町時代になり足利一門の一色氏が丹後国の守護大名となるとそれに従い家臣として務めていた様です。 戦国時代に入ると室町幕府四職筆頭格だった一色家当主の一色義定が […]
蒲生城の感想 蒲生城(かもうじょう)もしくは別名で竜ヶ城(りゅうがじょう)と呼びます。鹿児島県の姶良市にあるお城で、なんと築城は1123年で平安時代に築城されたお城になります。蒲生城は蒲生氏のお城で、初代蒲生氏の蒲生上総介舜清(かもうかずさのすけちかきよ)が築城したと言われております。舜清は蒲生・吉田の惣領職として京都からやってきた人物のようです。その後、蒲生城は蒲生氏の居城として戦国時代の155 […]
羽衣石城の感想 羽衣石城は『はごろもいしじょう』ではなく『うえしじょう』と読みます。羽衣石城は東郷池(ぐるっと周辺は12kmの汽水湖です!)かな南の方角にあり、羽衣石川沿いの東にある羽衣山(標高372m)に築かれた巨大な山城です( `ー´)ノ!!! 1366年に南条貞宗(なんじょうさだむね)が羽衣石城を築いたと云われており、当初は今は十万寺城跡(太閤ヶ平)と呼ばれる羽衣石山の尾根沿いに南に行ったと […]
田内城 / 巌城の感想 築城は定かではないようですが、1340年ごろから1345年頃、山名時氏が標高58mの仏石山に築かれた城で、山名寺同様に小鴨川沿いにありますが、小鴨川と天神川が合流する地点の西側にある丘陵に築かれているため、海(日本海)からの荷揚げする海運・川運の抑えの要害として築かれた様な気がしますね!仏石山は小ぶりな山ですが、小さいながらも急こう配の山城となっており、当時は『砦』を拡張し […]
岩倉城 / 岩倉山城の感想 現在の鳥取県倉吉市岩倉にある岩倉城です!!!ここは行ってみたかったお城なのですが・・・全く入口がわからず(もしかしたら民家を抜けないとだめだったのかもしれません)、案内板で大興奮した後・・・1時間以上炎天下の中でさまよって断念してしまいました~( ノД`)シクシク…~くやしぃぃぃぃぃぃぃ!!!! 岩倉城は小鴨(『こがも』ではなく『おがも」って呼びます)氏の居城で、尼子氏 […]
法勝寺城 / 尾崎城の感想 法勝寺城は、わりと早い時期から西伯耆国の要として城は築城されていたらしいです。。。この地域一帯は山名氏が支配をしており、築城者はわかりませんが山名満幸(山名師義(やまなもろよし)の四男)が築城したと云われており、山名満幸は丹後国・出雲国・隠岐国・伯耆国の守護大名だったと云われるので、西の要として勢力を持っていたと思われますね。何やら調べると・・・1481年頃、伯耆国の守 […]
神西城 / 龍王山 / 竹生城 / 高倉城の感想 神西城(じんざいじょう)は尼子十旗のひとつとされている重要な城であり、現在の出雲市よりも西側にあり神西湖の南東に位置し、尼子氏の本拠地月山富田城からは最も最西端にある山城です。 築城ははっきりしていませんが、鎌倉時代に武蔵七党のひとつ横山党の小野氏(小野高通?)が地頭職に任じられ、出雲国神門郡神西へ下向したのが始まりとされています。その小野氏が土着 […]
(羽柴)秀吉本陣跡の感想 三木合戦の際に秀吉が本陣として使用した陣跡になります。平井山ノ上付城跡(ひらいやまのうえつけじろあと)とも呼ばれているそうです。三木合戦は秀吉を離反した三木城城主の別所長治を討伐するための戦いになります。案内板には「天正6年(1578)7月、織田信長の長男、信忠が三木城を支援する神吉城や志方城(ともに加古川市)を攻略した後、築城したとされている。8月に羽柴秀吉が入ると、1 […]
白巣城の感想 白巣城は安宅氏(あたぎし)のお城で安宅八家衆のお城のうちの一つです。戦国時代に安宅氏は淡路島の細川氏を三好之長が征伐し守護が不在となった淡路島で力をつけてきた国人衆になります。安宅氏が国人衆の中で勝ち抜いた理由として淡路水軍という水軍を持っていたためとも言われています。1581年になると織田信長(羽柴秀吉)がそれまでの方針を転換して四国攻めを開始すると淡路島も洲本城を仙石久秀に明け渡 […]
牛尾城 / 三笠城 / 三笠山城の感想 もしかしたら三笠城が正しいのかも知れませんが、あえて私は牛尾城と記載させて頂きます!( `ー´)ノ牛尾氏は出雲国の有力な国人衆の一族だったらしく、尼子経久が月山富田城を奪還し出雲国に勢力を拡大し始めると、牛尾氏は尼子経久の家老(出雲国の国人衆なのに!!!凄い!!!)となりその剛腕を発揮して出雲国制覇に貢献したようです。牛尾氏は元々信濃国の諏訪神社神主家&nb […]