山城(登頂難易度「中」)

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ある程度運動ができる靴や服装が必要な山城

千石堀城 / 今城(大阪府)

千石堀城 / 今城の感想 千石堀城は和泉国(大阪府貝塚市橋本)にある山城でほぼ紀州国(和歌山)に隣接した場所にあります。1585年に石山合戦で織田信長と戦っていた本願寺氏が根来衆と雑賀衆と連携し、和泉国の5~7か所にこの様な城を築き防衛ラインを強化し始めます。千石堀城のそのひとつの山城だったと思われます。 本能寺の変が起こり織田信長が壮絶な死を迎えると、豊臣秀吉が権力を奪取し紀州国の要の城岸和田城 […]

平松城/末吉平松城(鹿児島県)

平松城の感想 平松城ですが、こちらは曽於市にある平松城になります。姶良市の平松城はこちらの記事になります。この平松城は末吉町橋野の陣ノ山というところに築かれており、市のHPの説明では天正年間(1573年〜1592年)に、北郷氏の永山刑部が築城したと書かれていました。ただ、肝付氏の家臣が築城したとも言われていて正確にはわかっていないようです。 今回のこのお城訪問ですが、大雨の後に訪問してしまったので […]

松尾城/三俣城(宮崎県)

松尾城/三俣城の感想 松尾城(まつおじょう)、三俣城(みまたじょう)と呼ばれます。松尾城は宮崎県延岡市にもあり、鹿児島県まで広げると志布志市にもあるのでここでは三俣城と呼ばせていただきます。 三俣城は肝付兼重(きもつきかねしげ)が築城したと言われているみたいですが、築城年は正確にはわかっていないようです。また、月山日和城と三俣城どちらが肝付兼重が築城したお城かも明確ではないみたいですね。なのでどち […]

知覧城(鹿児島県)

知覧城の感想 知覧城へ訪問してきました!知覧城は築城年代は不明ですが、室町時代1300年代にはあったとされており、鎌倉時代に知覧氏が築城したとの説もあるようです。その後、足利尊氏の時代、1353年に島津忠宗の三男「佐多忠光」が知覧城を居城にして以降佐多氏のお城となります。佐多氏の知覧城は一時期「今給黎(いまきいれ)氏」に奪われたり、詳細はよくわかりませんが、豊臣秀吉を怒らせて領地没収された時があっ […]

金ヶ崎城(福井県)

金ヶ崎城の感想 金ヶ崎城と云えば!!!戦国時代に織田信長が越前国の朝倉義景を攻めの際に近江国の浅井長政に裏切られます。織田信長の妹のお市の方は浅井・朝倉両軍に挟まれ窮地に陥ったことを知らせるため両方を紐で結んだ袋に小豆(織田家の家紋)を入れ陣中に届けます。受け取った織田信長はこの様子が袋の鼠の意を表しているということに気付き、一目散に軍をすてて撤退し(近江国朽木越え)京まで戻り着きます。殿(しんが […]

伊作城/亀丸城(鹿児島県)

伊作城/亀丸城の感想 伊作城(いざくじょう)と読みます。伊作城は別名中山城とも呼ばれるみたいですが、伊作城は各曲輪を「城」と呼ぶ山城で、本丸を亀丸城、他にも御仮屋城・山之城・蔵之城・東之城・西之城・花見城などと呼ばれる曲輪があります。山城としての規模もかなりのものですが、曲輪一つ一つが独立しているお城くらいに堀切が深く広いのでこのような呼び方にしたのかな?なんて思ったりします。 伊作城の歴史ですが […]

建昌城/瓜生野城(鹿児島県)

建昌城/瓜生野城の感想 建昌城(けんしょうじょう)もしくは瓜生野城(うりうのじょう)と読みます。歴史的には最初、瓜生野城が築城されてその後、江戸時代に建昌城という名前で現れたため「建昌城」と呼ばれているみたいです。画像の方で説明しますが、さらに建昌城の曲輪の一部は「胡麻ヶ城(ごまがじょう)」と呼ばれておりこの胡麻ヶ城と呼ばれる場所が「瓜生野城」があった場所とされているようです。うーん。解りづらい& […]

後瀬山城(福井県)

後瀬山城の感想 後瀬山城・・・皆さんはなんて読みますか??? 私は『ごせやまじょう』って読んでいましたが、本当の読み方は『のちせやまじょう』って読むみたいです~日本語って難しいぃ~(ノД`)・゜・。 後瀬山城は武田元光(若狭国守護大名六代目当主)によって築かれたと云われています。後に若狭武田氏四代(元光を初代、元明を四代と考えると)の城として栄えていましたが、四代目の武田元光が朝倉義景に一乗谷に連 […]

砕導山城(福井県)

砕導山城の感想 『砕導山⇒はどうやま』と読むのかなって思っていたら『砕導山⇒さいちやま』って読むんですね!日本語って難しい!?((+_+)) 砕導山城(さいちやま城)は逸見昌経によって築かれた城です。これまた難しいなぁ~って思うのが、『逸見⇒いつみ』ではなく『逸見⇒へみ・へんみ』と呼ぶそうです!?これまた((+_+))!!!逸見氏を少し深堀すると、ルーツは甲斐源氏の流れを組むみたいで、甲斐の武田・ […]

弓木城(京都府)

弓木城の感想 弓木城は丹後国(現在の京都府与謝野町岩滝)にあり、鎌倉時代の末期頃に稲富氏が築いたことから始まったとされいるみたいですね。稲富氏は元々伊勢平氏の流れを組む山田氏だった様で、丹後国に侵攻した際にこの稲富姓を名乗り土着したようです。室町時代になり足利一門の一色氏が丹後国の守護大名となるとそれに従い家臣として務めていた様です。 戦国時代に入ると室町幕府四職筆頭格だった一色家当主の一色義定が […]

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