源義経 衣川古戦場跡(岩手県)
源義経 衣川古戦場跡の感想 1189年に藤原泰衡が、源頼朝の圧力に耐えきれず、源義経の衣川館を攻撃し、義経を自害に追い込んだとされる場所、源義経終焉の地になります。「奥州平泉の役」としてモニュメントがありました。さらにその前の時代の前九年の役や後三年の役なども一緒に刻まれています。源義経は関係ないですが、この場所が平安時代から戦い場所として選ばれてきたことがわかりますね。 源義経と言えば大河ドラマ […]
源義経 衣川古戦場跡の感想 1189年に藤原泰衡が、源頼朝の圧力に耐えきれず、源義経の衣川館を攻撃し、義経を自害に追い込んだとされる場所、源義経終焉の地になります。「奥州平泉の役」としてモニュメントがありました。さらにその前の時代の前九年の役や後三年の役なども一緒に刻まれています。源義経は関係ないですが、この場所が平安時代から戦い場所として選ばれてきたことがわかりますね。 源義経と言えば大河ドラマ […]
瀬原古戦場の感想 前九年の役(1051年〜1062年)の合戦の古戦場の一つです。1057年9月、源頼義率いる源氏軍と、この地を本拠地とした安倍一族の間で激しい戦いが行われました。安倍軍がこの場所にあった本陣に源氏軍を誘い込んで、源氏軍は北上川の東岸長島から渡河して衣川に攻めてきたところを陣場山に密かに待機した安倍軍が、源氏軍を充分に引き寄せさせて攻撃を加えて大損害を与えたと共に、その退路を遮断した […]
前沢城の感想 前澤城は三田将監(みたしょうげん)によって鎌倉時代に築城されたと書いてありました。正直、三田将監が何者なのかよくわからないですが、葛西氏の家臣だった柏山氏の家臣、三田氏のお城になります。戦国時代になり、1588年、三田義広が大崎氏に内通していると疑われて、柏山氏が前沢城を包囲し前沢城は落城。三田義弘も自害して三田氏は滅亡したようです。 その後は、1590年の奥州仕置によって、伊達氏の […]
水沢城/水沢要害の感想 水沢城は1057年に源頼義によって築かれたとも言われているみたいですが、築城は不明のようです。葛西氏の家臣だった、蜂谷氏、佐々木氏、柏山氏などのお城とも言われているそうです。室町時代、戦国時代に葛西氏の配下にあったことは確実なようですね。1591年に奥州仕置で葛西氏が改易されると、木村吉清の領地となり水沢城には家臣だった松田源太郎左衛門が城主になったとのことです。葛西・大崎 […]
胆沢城の感想 胆沢城(いさわじょう)と読みます。胆沢城は、平安時代 802年に坂上田村麻呂が作ったと言われています。城というより時代的に「柵」(政治などの役所的なもの)になるかと思います。808年ごろに多賀城から軍政を司る「鎮守府」が遷されて10世紀後半頃まで鎮守府胆沢城として使われたとのことです。 胆沢城は大正時代に国指定史跡に指定されていて(だいぶ昔に指定されているんですね!)現在は令和元年6 […]
金ヶ崎城/金ヶ崎要害の感想 平安時代に坂上田村麻呂が館を築いたという伝説もある岩手県の金ヶ崎城です!基本的に現在の遺構としては1591年に 伊達領にこの地がなった時に南部氏の領地と接しているために金ヶ崎要害として作られたとされているみたいです。その後、桑折氏や留守氏が金ヶ崎城に入り、1644年に伊達一族の大町氏が明治維新まで城主となったようです。 現在の金ヶ崎城ですが、概ね城の曲輪や土塁などの遺構 […]
岩谷堂城の感想 岩谷堂城(いわやどうじょう)は平安時代にこの場所に藤原経清・清衡が館を構えたのが始まりとされているみたいです。 近くに豊田館があり、そこが藤原経清・清衡の居城と言われてますが、どういう関係なんですかね?豊田館は平城っぽいのでこちらが詰城なのか。時代的に平安時代ってそんなことしてたのか?うーん。謎ですねー 実際に城として使われていたのがわかっているのは、南北朝時代に葛西氏の一族だった […]
下煤孫館跡の感想 下煤孫館(しもすすまごだて)。そんな読み方なの??と思ってしまうお城の名前ですね。別名で煤孫城、古舘、観音館とも呼ばれるそうです。下煤孫館は煤孫氏のお城で和賀氏の支流で家臣だったようです。今回はたまたま地図で見つけたので訪問してますが、元々は1.2Kmほど離れた場所にある上煤孫館を煤孫氏は居城にしていてこちらの下煤孫館に移ってきたみたいです。 説明板に書かれていたものですが、煤孫 […]
岩崎城の感想 岩崎城は和賀氏の家臣だった岩崎氏の居城だったお城になります。築城は正確には不明ながら、南北朝時代とされていて1336年~1392年ごろと言われているようです。1590年に和賀氏が小田原征伐に参加しなかったことで、岩崎氏も改易となり、1592年には、豊臣秀吉の命令によって南部氏が岩崎城を破壊します。その後、1600年に和賀忠親が領地を取り返すため一揆を起こします(岩崎一揆)。この一揆は […]
黒岩元館/岩崎塞の感想 基本的には黒岩城の中になるんだと思われますが、こちらは黒岩元館(くろいわもとだて)もしくは岩崎塞(いわさきのさい)と呼ばれ、和賀氏が最初に築城した古城だったのではないかと思われる場所になります。その後、室町時代、戦国時代と経過する中で城の範囲を拡張整備していき黒岩城の案内図にある城になったと思われます。 黒岩城では遺構を確認することはほとんどできませんでしたが、こちらは堀切 […]