にんじゃ

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黒岩元館/岩崎塞(岩手県)

黒岩元館/岩崎塞の感想 基本的には黒岩城の中になるんだと思われますが、こちらは黒岩元館(くろいわもとだて)もしくは岩崎塞(いわさきのさい)と呼ばれ、和賀氏が最初に築城した古城だったのではないかと思われる場所になります。その後、室町時代、戦国時代と経過する中で城の範囲を拡張整備していき黒岩城の案内図にある城になったと思われます。 黒岩城では遺構を確認することはほとんどできませんでしたが、こちらは堀切 […]

黒岩城/千曳城/岩崎塞(岩手県)

黒岩城の感想 黒岩城(くろいわじょう)または千曳城(ちびきじょう)、岩崎塞(いわさきのさい)とも呼ばれるお城になります。北上川の流れに沿って台地に築かれたお城ですが、今は住宅や道路などになってしまっていて遺構はあまり残っていない城跡になります。 黒岩城は和賀氏の家臣黒岩氏の城跡と言われていますが、和賀氏は更木城、二子城と居城を変えて行くのですが、最初に和賀に来て居城した場所がここ黒岩城(岩崎塞)と […]

二子城/飛勢城 (岩手県)

二子城/飛勢城の感想 二子城(ふたごじょう)もしくは飛勢城(とばせじょう)と呼ばれます。二子城は和賀氏の居城(本城)になります。和賀氏はこの北上地方の和賀郡を支配していた武家で、発祥などは諸説あるようですが、鎌倉時代にこの地を領有し、戦国時代末期まで和賀氏の一族が支配していました。約400年くらいにわたり和賀氏の領地となった場所になります。ただ二子城自体は室町時代くらいに移ってきたとされていて元々 […]

更木城/八幡館(岩手県)

更木城/八幡館の感想 更木城(さらきじょう)または八幡館(はちまんだて)と読みます。現在はしらゆり公園となっているあたりにあったお城とされています。実際に城跡までは登れないです。 お城の詳細な築城時期などは不明ですが、室町時代ごろの和賀氏が二子城に移るまで本城としていたと言われているそうです。和賀氏領内の北上川東部では最大の館跡で、この城の中に和賀氏家臣だった小原氏の安俵館(あひょうだて)と多田氏 […]

花巻城/鳥谷ヶ崎城(岩手県)

花巻城/鳥谷ヶ崎城の感想 花巻城は元々「鳥谷ヶ崎城(とやがさきじょう)」と呼ばれていて、稗貫氏(ひえぬきし)の居城でした。1590年、豊臣秀吉の奥州仕置で稗貫氏が小田原征伐に参加しなかったことから所領を没収されて滅亡。その後、南部氏の城になり、家臣の北秀愛(きたひでちか)が城代となったことで、花巻城と呼ばれるようになります。花巻城としては1591年に築城となっており、1869年に廃城になったとのこ […]

十二丁目城/獅子ヶ鼻城(岩手県)

十二丁目城/獅子ヶ鼻城の感想 十二丁目城(じゅうにちょうめじょう)と読みます。そのまま読むんだ笑築城時期は不明ですが、稗貫氏(ひえぬきし)の家臣だった伊藤氏が十二丁目氏を名乗って居城にしたとのことです。1590年の奥州仕置によって稗貫氏、十二丁目氏も滅ぼされて寺林城同様に浅野氏が十二丁目城に入りますが、1592年に廃城になったとのことです。 現在の城跡ですが、遺構は水田になってしまっており残ってな […]

寺林城(岩手県)

寺林城の感想 寺林城(てらばやしじょう)は鎌倉時代、1279年に河野通重(かわのみちしげ)によって築城されたと言われています。名前だけ見た時に甲斐の武田家臣の河野通重が最後は岩手県に来ていたのか。と思いましたが同名の別の武将でしたね。ただ、伊予国(愛媛県)の河野氏の家系であることはどちらの武将も変わらないので、同じ家系の別時代の同姓同名の武将ということになります。ややこしい笑 でも、鎌倉時代に伊予 […]

善知鳥館(岩手県)

善知鳥館の感想 善知鳥館(うとうだてあと)と読みます。難しい😓 善知鳥館は安倍貞任(あべのさだとう)の家臣。善知鳥文治安方(うとうぶんじやすかた)の居館跡と伝えられているそうです。つまり安倍氏の館ということになるかと思います。 町のHPを見ると、「昭和38年6月、紫波町教育委員会が主体となり、岩手大学板橋源教授を主任調査員として発掘調査を実施した結果、この遺跡は、安倍氏の柵か、もし […]

樋爪館(岩手県)

樋爪館の感想 樋爪館(はしづめだて)は平安時代末ごろに藤原清衡(ふじわらのきよひら)の四男である藤原清綱(ふじわらのきよつな)がこの地をもらったことで、樋爪氏を名乗るようになり、築いた館とされています。ここが重要拠点だった理由はこの地で産出する砂金等を流通させる北方交易の拠点にもなっていたとのことで、金以外にも馬、漆、米などを主に取引していたようです。 樋爪館は1189年の源頼朝による奥州藤原氏討 […]

北条館遺跡(岩手県)

北条館遺跡の感想 北条館遺跡(ほうじょうだていせき)は鎌倉時代の館跡になります。発掘調査で平安時代のかわらけや土師器、中世の陶磁器などが出土しているみたいです。現在は埋め戻されているので、土塁と堀跡が見られる程度ですが、城館跡の雰囲気は感じ取れるくらいの遺構は残っています。 誰の館跡なのかははっきりとわかっていないそうですが、樋爪氏とも北条氏の末裔ともいわれているそうですが、町のHPでは天正20年 […]

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