戦国時代(室町・安土桃山時代含む)

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高山右近の碑(石川県)

高山右近の碑の感想 高山右近の高山氏は摂津国三島郡高山庄出身の国人衆で、高山右近も荒木村重の家臣として摂津国の戦国武将として活躍していました。荒木村重が織田信長に謀反を企てると、村木村重の謀反を知った右近はこれを翻意させようと考え、妹や息子を有岡城に人質に出して誠意を示しながら謀反を阻止しようとしたが失敗してしまいます。織田信長は摂津国の高槻城主だった高山右近を味方につけるべく畿内の宣教師達を説得 […]

末吉城 / 堀松城 / 笹山城(石川県)

末吉城 / 堀松城 / 笹山城の感想 末吉城は七尾城を本拠地とした能登畠山氏の支城(出城)として築かれたとされていて、築城は1394年~1427年頃と云われているみたいです。能登外浦街道の浜街道と中道通、安津見から奥山峠を越えて田鶴浜に通じる土田街道、吉田から七尾西湾の大津に通じる得田街道を押さえる重要な役目をする城郭にするために、応仁の乱後、帰国した畠山義統は能登国を防衛する目的で末吉城を完成さ […]

小丸山城(石川県)

小丸山城の感想 小丸山城は能登国の付け根(一番南側?)七尾城の北方面(七尾城が山奥の要害の地にあるので北の海側)に、七尾湾を活かし御祓川(みそぎがわ)沿いに小丸山城はあります。織田信長の命により越前国の府中城で10万石を有してた前田利家が能登国一国を与えられ、越前国から能登国に移り七尾城を本拠地としていた様ですが、山深く要害の地だった七尾城では防御上は利点があったが港から離れていて治世・経済上の利 […]

糟屋館/上杉館跡(神奈川県)

糟屋館/上杉館跡の感想 太田道灌が好きなら気になる場所の一つですよね。1486年7月26日に太田道灌はこの場所にあった扇谷上杉氏の館に招かれ、主君だった上杉定正に誅殺されてしまいます。市の案内によると風呂場で襲われ「当方滅亡」と叫び、絶命したといいます。と書かれてました。現在は産業能率大学になってしまっており館の面影はほぼ残っていないですね。その後はこの前の記事、実蒔原古戦場や七沢城などで書きまし […]

実蒔原古戦場(神奈川県)

実蒔原古戦場の感想 1487年に実蒔原の戦い(さねまきばらのたたかい)があった場所とされている古戦場になります。実蒔原の戦いは太田道灌が主君だった上杉定正の館で殺されたことを発端にして扇谷上杉氏と山内上杉氏の間で起こった戦いになります。同族の上杉氏同士の内紛ですね。長享の乱とも言われる約18年にもわたって争った両者の戦いの中の一つになります。 実蒔原の戦いでは(扇谷)上杉定正の弟、朝昌が守る七沢城 […]

七沢城(神奈川県)

七沢城の感想 七沢城に訪問してきました。現在は七沢城があった山全体がほぼ、AOI七沢リハビリテーション病院になってしまっており、遺構はあまり残っていないのですが、七沢城の案内板はいくつも建てられていて、城跡だということは分かりやすくしてくれております。 七沢城の歴史ですが、1450年に鎌倉公方である足利成氏(しげうじ)と、関東管領山内上杉憲忠(のりただ)の重臣たちの間で争いが起こり、上杉方に攻めら […]

池和田城(千葉県)

池和田城の感想 鎌倉時代の名門、三浦氏の一族がこの地に移った和田正治が築いたと云われています。池和田の地名も和田氏に由来するもんなのかなぁ???(=゚ω゚)ノ 戦国時代に入ると和田氏ではなく多賀氏が池和田城の城主となり、常に里見氏と行動を共にした様ですね。池和田城主多賀高明は里見義堯(さとみよしたか)に従軍し第一次国府台合戦・第二次国府台合戦に参戦。結果はすべての合戦に惨敗し勝ちに転じた後北条氏は […]

万木城/万喜城/満喜城/万騎城(千葉県)

万木城/万喜城/満喜城/万騎城の感想 万木城/万喜城(満喜城)は摂津国から上総国へ入国した土岐時政築いたとされていますが、正確には時期も築城者もわかっていない様です。表舞台に出てくるのが土岐為頼(ときためより)の時で、土岐為頼は隣国の巨大勢力安房国の里見義堯(さとみよしたか)と婚姻関係を結んで勢力拡大を図りますが、第二次国府台合戦で里見氏が敗北すると、後北条に上総国も圧力が掛けられ里見氏から鞍替え […]

上総国府台城(千葉県)

上総国府台城の感想 ここも国府台城と云いますがあまりメジャーではありません(´;ω;`)ウゥゥ有名なのは市川市にある国府台城ですね!なんてたって1538年の第一回国府台合戦や1564年の第二回国府台合戦があり、後北条氏が足利氏や里見氏大勝した有名な舞台になった城ですが、こっちはそこまででもないので(苦笑)向こうを『国府台城』としこっちは『上総国府台城』とさせて頂きます!( `ー´)ノ 萬喜(万木) […]

奥津城 / 興津城 / ゆうげの城(千葉県)

奥津城 / 興津城 / ゆうげの城の感想 千葉県勝浦市興津字要害にある山城の奥津城/興津城(おくつじょう)です( `ー´)ノ奥津城は1258年頃に地元の武将佐久間兵庫介重吉とその子佐久間兵庫頭重貞によって築城されたと云われています。その後は、真里谷(まりがやつ / まりやつ)氏(真里谷氏は上総武田氏ですね!)や正木氏の傘下に入ります。正木氏が奥津城/興津城を傘下に治めたのは1544年頃だと思われ、 […]

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