土塁

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法勝寺城 / 尾崎城(鳥取県)

法勝寺城 / 尾崎城の感想 法勝寺城は、わりと早い時期から西伯耆国の要として城は築城されていたらしいです。。。この地域一帯は山名氏が支配をしており、築城者はわかりませんが山名満幸(山名師義(やまなもろよし)の四男)が築城したと云われており、山名満幸は丹後国・出雲国・隠岐国・伯耆国の守護大名だったと云われるので、西の要として勢力を持っていたと思われますね。何やら調べると・・・1481年頃、伯耆国の守 […]

比延山城(兵庫県)

比延山城の感想 比延山城は「ひえやまじょう」もしくは「ひえさんじょう」と読むみたいです。比延山城は黒田重隆の妻の家系、比延氏の居城でした。比延氏ですが、赤松氏の子孫の本郷氏がこの比延庄に領地をもらい、後に比延氏を名乗るようになったことで始まった家系とのことです。築城年代は不明ですが1394年ごろと推定されているようです。ここの駐車場脇にある比延山城の説明を読むと「黒田官兵衛の父、重隆の妻、比延常範 […]

末吉城(鳥取県)

末吉城の感想 朝イチに末吉城に楽しみに襲撃しました(^^)/~♪ ナニコレ???全然城がわからん(+_+) 住宅地奥に攻め込んで迷路で四苦八苦!!!どの辺が末吉城か?(住宅地は迷路になっており城の感じはしますが・・・)わからないまま、ここに本丸があったのかな?って感じの小さな神社を見つけたので撮影しておきました! 末吉城は、1568年に尼子復興を掲げる山中鹿之助が尼子国久の孫だった尼子勝久(見つけ […]

神西城 / 龍王山 / 竹生城 / 高倉城(島根県)

神西城 / 龍王山 / 竹生城 / 高倉城の感想 神西城(じんざいじょう)は尼子十旗のひとつとされている重要な城であり、現在の出雲市よりも西側にあり神西湖の南東に位置し、尼子氏の本拠地月山富田城からは最も最西端にある山城です。 築城ははっきりしていませんが、鎌倉時代に武蔵七党のひとつ横山党の小野氏(小野高通?)が地頭職に任じられ、出雲国神門郡神西へ下向したのが始まりとされています。その小野氏が土着 […]

(羽柴)秀吉本陣跡/平井山ノ上付城跡(兵庫県)

(羽柴)秀吉本陣跡の感想 三木合戦の際に秀吉が本陣として使用した陣跡になります。平井山ノ上付城跡(ひらいやまのうえつけじろあと)とも呼ばれているそうです。三木合戦は秀吉を離反した三木城城主の別所長治を討伐するための戦いになります。案内板には「天正6年(1578)7月、織田信長の長男、信忠が三木城を支援する神吉城や志方城(ともに加古川市)を攻略した後、築城したとされている。8月に羽柴秀吉が入ると、1 […]

白巣城・三野畑城(兵庫県)

白巣城の感想 白巣城は安宅氏(あたぎし)のお城で安宅八家衆のお城のうちの一つです。戦国時代に安宅氏は淡路島の細川氏を三好之長が征伐し守護が不在となった淡路島で力をつけてきた国人衆になります。安宅氏が国人衆の中で勝ち抜いた理由として淡路水軍という水軍を持っていたためとも言われています。1581年になると織田信長(羽柴秀吉)がそれまでの方針を転換して四国攻めを開始すると淡路島も洲本城を仙石久秀に明け渡 […]

牛尾城 / 三笠城 / 三笠山城(島根県)

牛尾城 / 三笠城 / 三笠山城の感想 もしかしたら三笠城が正しいのかも知れませんが、あえて私は牛尾城と記載させて頂きます!( `ー´)ノ牛尾氏は出雲国の有力な国人衆の一族だったらしく、尼子経久が月山富田城を奪還し出雲国に勢力を拡大し始めると、牛尾氏は尼子経久の家老(出雲国の国人衆なのに!!!凄い!!!)となりその剛腕を発揮して出雲国制覇に貢献したようです。牛尾氏は元々信濃国の諏訪神社神主家&nb […]

阿用城 / 阿与城 / 磨石城(島根県)

阿用城 / 阿与城 / 磨石城の感想 阿用城は行ってみたかった城のひとつです。尼子経久の本を読んでいると、京極氏の守護大名を支える家臣として、桜井宗的という武将が出てきます。この武将は秩序を重んじる知見者であり弓矢の名手だとも記載されていました。尼子経久が出雲国を席巻し周りの状況もどんどん変わる中、古き良き武家社会を想う桜井宗的は京極氏への想いと尼子経久への憎悪を膨らましていきます。一時は尼子経久 […]

高瀬城(島根県)

高瀬城の感想 俺の城攻め1日をぶち壊してくれた城です!高瀬城です!!!!本当に壮絶で高瀬城攻めをした後は足がガクガクになり午後の戦いに苦戦をしいられました!(´;ω;`)ウゥゥ  本当にすごい規模の山城でした!!!! 高瀬城は米原氏が築いたと云われています。米原氏は佐々木六角氏の流れを組み、六角氏14代当主六角定頼の甥である六角治綱が養子となり近江国米原荘を領したことから米原氏を名乗り始めたと云わ […]

三刀屋城(島根県)

三刀屋城の感想 三刀屋城は山陰と山陽とを結ぶ街道沿いに位置する交通上の要衝にあり、三刀屋氏は出雲国において有力な国人衆として存在しています。三刀屋氏は清和源氏満快の流れを組む伊那氏の一族らしく、その子孫が出雲国飯石郡三刀屋荘の地頭職となり、その地名から三刀屋氏を名乗ったのが始まりらしいですね。約20㎞離れた場所にある三沢城の三沢氏もそうですが、出雲国には信濃国から移ってきた人が多いんだなぁ~って感 […]

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