勝山城 / 氏家城(栃木県)
勝山城 / 氏家城の感想 勝山城は1190年~1199年頃(かなり幅がありますねぇ~笑)に氏家公頼(うじいえきみより)が築いたとされています。 氏家氏は元々宇都宮氏の一族と云われており、宇都宮朝綱(うつのみやともつな)の子、公頼が芳賀郡(はがぐん)氏家郷に移り土着して氏家氏の名を名乗り始めたのがスタートみたいです( `ー´)ノ なぜ私がこの勝山城に行ってみたかっと云えば、氏家氏っと云えば『氏家ト […]
勝山城 / 氏家城の感想 勝山城は1190年~1199年頃(かなり幅がありますねぇ~笑)に氏家公頼(うじいえきみより)が築いたとされています。 氏家氏は元々宇都宮氏の一族と云われており、宇都宮朝綱(うつのみやともつな)の子、公頼が芳賀郡(はがぐん)氏家郷に移り土着して氏家氏の名を名乗り始めたのがスタートみたいです( `ー´)ノ なぜ私がこの勝山城に行ってみたかっと云えば、氏家氏っと云えば『氏家ト […]
岩原城の感想 小田原城主の大森氏頼は城を嫡男 実頼に譲り、自らは岩原城へ移ったとされており、岩原城はこのときに築かれたんじゃないのかと思われます!関東管領扇谷上杉氏の重鎮であった大森氏頼は自らこの岩原城に移り晩年この城で没したと伝わっています。北条早雲の半生を描いた司馬遼太郎の作品『箱根の坂』にも『岩原の館』として登場しています。これはたぶん『岩原城』の事だと思われます。現在での遺構は2つの郭と堀 […]
月山日和城/高城の感想 月山日和城は元弘年間(1331年~1334年)に肝付兼重(きもつきかねしげ)が築城したと言われているみたいですが、築城年は正確にはわかっていないようです。 肝付兼重は南朝方に付いていたので北朝方の足利尊氏が日向に送り込んできた畠山直顕(はたけやまただあき)に月山日和城を攻められ落城してしまいます。畠山直顕は月山日和城に入り城の名前を三股院高城(みまたいんたかじょう)と呼んだ […]
小山城の感想 宮崎県にある小山城(おやまじょう)になります。栃木県の小山城はこちらを参照ください。この小山城ですが、築城時期も城主も不明でよくわからないです。ただ、わずかな情報ですが、ここに立っている標柱の説明を読むと、1377年に祢寝久清(ねじめひさきよ)宛に今川満範(いまがわみつのり)が書状を送っていてその中にこの小山城が出てくるとのこと。また別の樺山資久(かばやますけひさ)の書状で都城が初見 […]
野々美谷城の感想 野々美谷城(ののみたにじょう)と読みます。野々美谷城も志和池城同様に取り合いで目まぐるしく城主が変わったお城になります。都城周辺の戦国時代の凄まじい取り合いを志和池城と同じくらい良く表しているお城の一つと言えると思います。 確実にこの野々美谷城(城としてあったか)だったのかは定かではないですが、野々美谷周辺を最初に領有していたのは島津氏ですが、1300年代中頃に相良氏に攻められて […]
志和池城の感想 志和池城に行って来ました!5つの曲輪で構成された連郭式山城ですが、現在残っている曲輪はほとんどなく、綺麗に整備された本丸がある以外は新城などが一部残っている限りになっています。ただ、それほど比高があるわけではないですが、本丸からの眺めはおすすめできるお城です。 志和池城の歴史ですが、北原氏が築城したお城とされており、室町時代の応永年間(1394年〜1428年)に築城されたと言われて […]
石山城の感想 石山城は北郷氏が伊東・北原連合軍が対岸の鳥越に陣を構えたことに対抗して建てたお城とのことです。これが1541年頃みたいなのでその頃築城されたのでしょうか?築城は標柱の説明だと天文年間(1532~1555年)となっていました。北郷氏(ほんごうし)と読みます。北郷氏は島津氏の支流にあたる家系で島津宗家第4代当主「島津忠宗」の六男「北郷資忠」から始まる家系になります。ちなみに島津忠宗の子は […]
伝 千葉一族の墓の感想 『伝 千葉一族の墓』は下総国ではなく『武蔵千葉氏』と云われる千葉一族の墓で、武蔵千葉氏の祖とされる千葉自胤(ちばよりたね)が1492年に寺領を寄進した松月院に一族の墓がありました。 武蔵千葉氏は元々は下総国の千葉氏で、一族などの争いで負けてしまい市川城(国府台城)が落城したため兄の千葉実胤と共に武蔵国に逃げ込み、千葉実胤は近くの赤塚城へ千葉自胤は石浜城へ移ったとされます。そ […]
島津尚久の墓の感想 島津尚久は島津忠良(日新公)の三男になります。長男の島津貴久とお供し、7歳で初陣を飾ったと言われています。その後も次男の島津忠将(しまづただまさ)と祁答院氏(けどういんし)を破ったりと活躍を見せます。ちなみに祁答院氏は現在も薩摩川内市に地名が残っております。祁答院氏は「相模国渋谷氏」(神奈川県)が発祥で、現在の「高座渋谷駅(小田急線)」あたりが発祥の地とされています。この相模国 […]
島津義弘居館跡/御屋地跡の感想 島津義弘居館跡へ行って来ました!島津義弘が松尾城からこの帖佐へ移ってきて建てた館になります。現在は稲荷神社になっていました。石垣は当時のもので復元?使用されているみたいでノミで石を割った後など当時の痕跡が残っています。1595年に松尾城から島津義弘が移ってきて1606年まで義弘の居館として使われます。島津義弘が平松城へ移った後は、御屋地様(おやじさま)が居館として使 […]