室町時代(主に南北朝時代)

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桜尾城(広島県)

桜尾城の感想 桜尾城が築城された当時は三方を海に囲まれた複郭式の海城だったと云われています。調べてみると江戸時代までは手付かずの状況であったらしいのですが、近代になってから埋立地が広がり住宅地も整備され、面影も何も無くなっています・・・(´;ω;`)ウゥゥ 桜尾城は1221年に後鳥羽上皇と鎌倉幕府の執権だった北条義時との争いが起きた承久の乱(じょうきゅうのらん)後に、鎌倉幕府の要人だった藤原親実が […]

築山館 / 築山御殿(山口県)

築山館 / 築山御殿の感想 築山館/築山御殿はこは大内家28代当主の大内教弘(のりひろ)の頃に建てられた館みたいです。築山館は大内氏の迎賓館的な館とされていたみたいで、庭園を備えて80間四方を土塁で囲み、その外面は大石をたたみあげられていたと云われています。中世の連歌師宗祇は『池はうみこずゑは夏の深山かな』と詠まれており、この句からかっては豪華絢爛な庭園があった様子が想像できますね。。。築山館は大 […]

大内氏館跡(山口県)

大内氏館跡の感想 『大内氏館跡』は室町時代~戦国時代に周防国・長門国などを治めた守護大名・大内氏の居館であり、現在は『龍福寺』となっており『大内氏遺跡 附 凌雲寺跡』として国指定史跡となっており、龍福寺の本堂が国指定重要文化財となる貴重な場所となっています。 西国の雄となった名将だった大内家24代当主 大内弘世が同族争いを制し山口に大内氏の本拠地を定め大内館を建てたと云われています。大内弘世は京の […]

門司城(福岡県)

門司城の感想 門司城は下関(山口)と北九州(福岡)の間、関門海峡を望む北九州側にあり古城山の山頂に築かれた山城で、古くは源平の合戦時に 平 知盛 が源氏との合戦に備えて築かせた城です。その後は1559年とその2年後の1561年に起こった大友義鎮(大友宗麟)と毛利元就との合戦、『門司城の戦い』の舞台となった城として知られており、毛利元就好きの私も毛利元就を通してこの城も知りました(^▽^)/関門海峡 […]

獅子ケ城 / 獅子城 / 鹿家城(佐賀県)

獅子ケ城 / 獅子城 / 鹿家城の感想 1069年に松浦党の祖となる 源 久 が松浦郡宇野御厨の荘官(しょうかん)となり、源からその地名の松浦を名乗るようになり、松浦党を結成したと云われております。松浦党は古くは平安時代から戦国時代に組織された松浦氏の武士集団の連合軍で、その一族は48にも別れていたと云われています。そのことから『松浦四十八党』とも呼ばれ、現在の長崎県~佐賀県北部まで幅広く分散され […]

宗家 松浦 13代 盛公の墓(長崎県)

宗家 松浦 13代 盛公の墓の感想 松浦党の名前は代々『一文字』とされています!梶谷城の城下に『宗家 松浦 13代 盛公の墓』があります。『盛』と書いて『さかる』と読むようですね。。。 松浦 盛公は松浦氏13代目の当主であり、本拠地はここ『梶谷城』ではなく、佐世保にある『相神浦(あいこのうら)』に『武辺城』を築き、朝鮮との『歳遣船(さいけんせん)貿易』を行い、相神浦(佐世保市相浦)を貿易港として発 […]

梶谷城(長崎県)

梶谷城の感想 ここも訪れたかった城です!松浦党の発祥の地!そして松浦党の祖となった『源 久(松浦 久)』が築いたとされるのが、この梶谷城だと云われています。『???党??? 家とか一族とかじゃないの?』と思われる方も多いでしょうが、松浦党は古くは平安時代から戦国時代に組織された松浦氏の武士集団の連合軍で、その一族は48にも別れていたと云われています。そのことから『松浦四十八党』と呼ばれた水軍武士団 […]

城井ノ上城 / 城井谷城 / 萱切城 / 城井郷城(福岡県)

城井ノ上城 / 城井谷城 / 萱切城 / 城井郷城の感想 この城もめちゃくちゃ城攻めしたかった山城です!『城井ノ上城』です(」’ω’)」オォオォオ!!!ウウゥゥアアォオ!!!!!! これが意外とめちゃくちゃ難しくて・・・(混乱)当初は私は『城井谷城(きいだにじょう)』だと思い辿り着いてみたら、『城井ノ上城(きいのこじょう)』だったり、何かしらの違いはあるのかもしれませんが、よくわからないのでいっし […]

馬ヶ岳城(福岡県)

馬ヶ岳城の感想 個人的に・・・絶対に攻め落としたかった山城です( `ー´)ノ『馬ヶ岳城(うまがたけじょう)』ですわ!!!!何故かと云えば、俺の大好きな黒田官兵衛が九州征伐後、豊臣秀吉から豊前国八郡のうち六郡(ただし宇佐郡の一部を除く)12万5000石を領地として与えられ入国した際に、豊後国最初に入城したのがこの馬ヶ岳城でした!!!(⌒∇⌒)黒田官兵衛は、当初、馬ヶ岳城を拠点としましたが短期間だった […]

土佐 長浜城(高知県)

土佐 長浜城の感想 長浜城は長宗我部元親の初陣となった『長浜の戦い(長浜表の戦い)・戸ノ本の戦い』の舞台となった城です。長宗我部国親・元親親子は、種﨑城に運んでいいた兵糧を本山氏側の潮江(うしおえ)城の兵に奪われたことから戦に発展し、長浜城攻略に踏み切った戦となりました。長浜城攻めには面白いエピソードが残っています。元々は長宗我部氏配下の福富右馬允という者が罪を犯し放逐されました。福富右馬允は本山 […]

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