孤高の反逆児ポンタ

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万木城/万喜城/満喜城/万騎城(千葉県)

万木城/万喜城/満喜城/万騎城の感想 万木城/万喜城(満喜城)は摂津国から上総国へ入国した土岐時政築いたとされていますが、正確には時期も築城者もわかっていない様です。表舞台に出てくるのが土岐為頼(ときためより)の時で、土岐為頼は隣国の巨大勢力安房国の里見義堯(さとみよしたか)と婚姻関係を結んで勢力拡大を図りますが、第二次国府台合戦で里見氏が敗北すると、後北条に上総国も圧力が掛けられ里見氏から鞍替え […]

上総国府台城(千葉県)

上総国府台城の感想 ここも国府台城と云いますがあまりメジャーではありません(´;ω;`)ウゥゥ有名なのは市川市にある国府台城ですね!なんてたって1538年の第一回国府台合戦や1564年の第二回国府台合戦があり、後北条氏が足利氏や里見氏大勝した有名な舞台になった城ですが、こっちはそこまででもないので(苦笑)向こうを『国府台城』としこっちは『上総国府台城』とさせて頂きます!( `ー´)ノ 萬喜(万木) […]

奥津城 / 興津城 / ゆうげの城(千葉県)

奥津城 / 興津城 / ゆうげの城の感想 千葉県勝浦市興津字要害にある山城の奥津城/興津城(おくつじょう)です( `ー´)ノ奥津城は1258年頃に地元の武将佐久間兵庫介重吉とその子佐久間兵庫頭重貞によって築城されたと云われています。その後は、真里谷(まりがやつ / まりやつ)氏(真里谷氏は上総武田氏ですね!)や正木氏の傘下に入ります。正木氏が奥津城/興津城を傘下に治めたのは1544年頃だと思われ、 […]

山口城 / 児泉城(埼玉県)

山口城 / 児泉城の感想 たまたま所沢付近をクルマで走っていたら信号機に『山口城跡前』ってあるのを発見したので、急遽、この辺りをウロウロして発見しました!<(`^´)> 山口城は平安時代末期の頃、武蔵国の武蔵七党のひとつ村山党の山口家継が築城したと云われ、その後は代々山口氏の居城だった様です。当初は曲輪と土塁ぐらいだった様ですが、周りの地名からしても室町時代の頃には徐々に大きくなり堀や […]

別府氏の墓(埼玉県)

別府氏の墓の感想 東別府氏館と西別府館のちょうど中間地点に『別府氏墓』があります。別府氏に付いては東別府氏館と西別府氏館のコンテンツに記載していますので合わせてご覧いただければ幸いです(o^―^o)ニコそんな別府氏の墓は『安楽寺』にあります。別府氏は館を分けてからか?それとも和田義盛の乱に関わった東別府氏館の別府氏(その際に討死)がいたため源頼朝の怒りを恐れたのか?この頃は別府氏ではなく西別府氏と […]

西別府氏館(埼玉県)

西別府氏館の感想 東別府に居住した別府行隆が東別府館(別府城)を築いた後に、次男の別府行助が西別府館を構えた居城としました。別府氏は平安時代末期から鎌倉時代にかけて本家の成田氏とともに武功をあげて、武蔵国内での地位を確立していったようです。別府氏は源義仲追討の時に源頼朝の命を受けて源範頼に従ったとされており、また、源義経に従い平家追討にも出陣し、一の谷の合戦などでも功を上げたと伝わっています。南北 […]

東別府氏館/別府城(埼玉県)

東別府氏館/別府城の感想 東別府氏館は元々別府氏の別府城だった様で、途中で次男の別府行助が西別府氏館を構え移っていったため、別府城は東別府氏館と呼ばれるようになった様です。 別府氏は元々成田氏の流れを組む一族らしく、成田氏館を築城した成田助高の二男の成田行隆が別府の地を領有し別府氏を名乗ったのが始まりだと云われており、別府行隆の長男義行が東別府氏館/別府城を築き居城したと思われます。別府氏は源頼朝 […]

成田氏館(埼玉県)

成田氏館の感想 成田氏って一部の方はご存知ですよね!ヾ(≧▽≦)ノ成田氏ってあの映画『のぼうの城』で有名になった、成田長親と甲斐姫(これは本家成田氏の氏長の娘)が石田三成率いる豊臣軍と対峙して(小田原征伐)一歩も引かず小田原城が降伏するまで戦い抜いた『忍城』の城主のイメージがあると思います( `ー´)ノ でも結構、成田氏って曲者だなぁぁぁぁ・・・って思っています( ̄▽ ̄)苦笑 成田氏の出どころは二 […]

東方城(埼玉県)

東方城の感想 東方城は1456年頃に深谷上杉氏の居城深谷城の支城として築城された城らしく、当初は誰が築城し誰の城だったのかわかっていなかったようですが、最近では深谷上杉氏四天王のひとりの矢井重家の弟であった矢井重任が東方城の城主であったとされています。 深谷上杉氏の上杉氏憲が後北条氏の傘下に入り、1590年の豊臣秀吉による『小田原討伐』の際に後北条氏と共に深谷上杉氏も滅んでしまったようです。後に国 […]

上杉憲英公の墓/上杉氏歴代墓(埼玉県)

上杉憲英公の墓/上杉氏歴代墓の感想 庁鼻和(こばなわ)城内に建てられたとされる『国済寺』に『上杉氏憲英公の墓/上杉歴代墓』があります。 上杉憲英は南北朝時代から室町時代に掛けて活躍した武将で、関東管領山内上杉氏の有力な一門で上杉 憲顕(うえすぎ のりあき)の六男として誕生し、庁鼻和(こばなわ)城を築城し『庁鼻和(こばなわ)上杉氏』を名乗っていた様です。上杉憲英は上野国守護や蔵人大夫、奥州管領などを […]

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