若江城(大阪府)
若江城の感想 若江城の築城は不明ですが、1460年に京都を追われた畠山義就(はたけやまよしなり)若江城に入城したと文献にあるので、その頃には畠山氏関係の城として築かれていたんじゃないかと思います。(*´ω`*) この頃、応仁の乱の引き金となる畠山氏の家督争いが始まり、畠山政長が畠山義就の若江城を攻めると畠山義就は敗れ嶽山城(だけやまじょう)に逃げ去ると、若江城に畠山政長が入城します。たぶん若江城が […]
お城の中でも平地に築かれた平城や丘陵、低山などに築かれた平山城を表示しています。
若江城の感想 若江城の築城は不明ですが、1460年に京都を追われた畠山義就(はたけやまよしなり)若江城に入城したと文献にあるので、その頃には畠山氏関係の城として築かれていたんじゃないかと思います。(*´ω`*) この頃、応仁の乱の引き金となる畠山氏の家督争いが始まり、畠山政長が畠山義就の若江城を攻めると畠山義就は敗れ嶽山城(だけやまじょう)に逃げ去ると、若江城に畠山政長が入城します。たぶん若江城が […]
私部城 / 交野城の感想 私部城は『さきのべ』城と読むようですね~難しい~(*´ω`*) 文献か何かに『サキノヘノ城』と呼ばれる城が出てくるようです。また、この地点は交通の要所から『片野』と呼ばれていた様で、片野から『交野』となり、交野(かたの)城とも呼ばれていいた様ですね( ̄▽ ̄)築城は1558年~1560年頃だと云われ安見右近によって築城された様です。安見氏は元々畠山氏の家臣でしたが、畠山氏が […]
茨木城の感想 1444年~1449年頃に記載されている『文安年中御番帳』に奉行者のひとりとして茨木氏の名前が確認できることから、この頃から摂津国で台頭してきた一族だと思われ、築城された年は不明であありますが、その茨木氏がこの茨木城を築城したと云われています。細川高国と細川晴元が対立すると当時の城主だった茨木長隆は細川晴元側に付き、細川高国を打ち破り死に追いやっています。その後、茨木重朝の時代になる […]
高槻城/久米路山龍ヶ城/入江城の感想 高槻城は摂津国高槻村にあった平城で築城は不明ですが901年~1000年頃にはあったみたいで、1874年の明治7年まで使用されていた驚きの城です!(;゚Д゚)室町時代には入江氏の居城としていたため入江城と呼ばれていましたが、織田信長に入江氏が滅ぼされてしまうと和田惟政(わだこれまさ)が入城し居城とします。和田惟政は足利義輝に仕えていたが不信を買って和田村に蟄居さ […]
河内 野田城の感想 これまたたくさんありそうな野田城ですが、ここの野田城は河内国にある野田城で、1326年に河内国野田荘の地頭になった野田正勝が築いた城で野田正勝(野田氏)は楠木氏に従い各地を転戦していた武将です!野田正勝は楠木正成と共に上洛を目指す足利軍と戦い戦死してしまいます(湊川の戦) 野田正勝の子、野田正氏野田家を継ぐと楠木正行(楠木正成の子)に従い奮闘しますが四条畷の戦いで共に戦死して […]
小谷城の感想 小谷城と云えば近江の巨大な山城で浅井長政の居城だった小谷城が超有名ですが、この和泉国?河内国?にも小谷城が・・・しかも築城はこの堺近郊では最も古く築城された城として小谷城があります!(`・ω・´)ゞ小谷城は鎌倉時代ごろに標高80mの泉北丘陵高台に自然の地形を利用して、平氏一族の小谷氏が築いた城みたいです。小山城は栂山(たぶん『とがやま』)城(現在の原山台)と豊田城(現在の泉北高校)と […]
広島城/鯉城/在間城/当麻城の感想 広島城は1589年に毛利元就に孫にあたる毛利輝元によって安芸国佐東郡(現在の広島市中区基町)にあった太田川の河口デルタ地帯に築かれた城です。当時は河口と海が繋がっていたので『浮城』っぽかったんじゃないかと思います(^▽^)/城の構造は大阪城を参考にしたと云われており、1592年には九州の名護屋城に向かう豊臣秀吉が広島城に立ち寄ったらしく、余談にはなりますが『広島 […]
武蔵 天神山城の感想 『天神山』って名前の城って結構あるなぁ~(*`艸´)ウシシシ ここではあえて『武蔵 天神山城』ってことにしてみます(o^―^o)ニコ武蔵天神山城は近くに深大寺城があり、武蔵天神山城はこの深大寺城の支城であったと思われます。その昔は、後北条氏の砦も築かれていたとか!?!?!?!? 現地に案内板がありそれを確認してみると、築城時期や築城主は不明ですが武蔵七党のひとつである村山党の […]
舞鶴城/国分城/国分新城/国分御屋形の感想 この前の記事で最初に島津義久が隠居した居城の富隈城について書きましたが、富隈城の後に移った居城が国分城(こくぶじょう)になります。説明するまでもないかもしれないですが、島津義久(しまづよしひさ)は島津家第16代当主にあたり、義弘(次男)、歳久(三男)、家久(四男)と共に「島津四兄弟」として戦国時代で活躍した武将として知られています。そんな義久の居城ですが […]
富隈城の感想 富隈城は「とみくまじょう」もしくは「とみのくまじょう」と読みます。1595年に島津征伐として豊臣秀吉に強制的に隠居させられた島津家第16代当主「島津義久(しまづよしひさ)」が内城を島津忠恒に譲ったため、急遽仕方なく築城したお城が富隈城と言われています。当時はほぼ目の前が海になっていて港を作り、商人を招き薩摩藩のなかでもかなり栄えた場所になったとのことです。ただ、詰城になるような山が近 […]