市区町村指定史跡

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市区町村の指定史跡です

三増合戦場跡(神奈川県)

三増合戦場跡の感想 武田軍と北条軍が戦った三増合戦の場所になります。元々は今川・武田・北条の三国同盟を組んでいましたが、1560年桶狭間の戦いで今川義元が敗れ武田信玄が三国同盟を破棄して1568年今川領への侵攻を始めます。武田信玄は徳川家康と今川領の分割を条件に手を結びさすがに勝てないとなった今川氏真が1569年掛川城を開城し今川家は滅亡します。今川氏真は小田原北条氏の元に逃げて最終的には徳川家に […]

小松城 / 芦城 / 小松の浮城(石川県)

小松城 / 芦城 / 小松の浮城の感想 小松城は先にレポート(城攻めを断念しましたが( ノД`)シクシク…)した、舟岡城の城主若林長門守が築いたと云われています。加賀国一向一揆衆と共に1576年に築かれた城です! 1580年に柴田勝家攻め込んだ際に落城させ、その後、佐久間政盛が1582年に加賀国に侵攻し平定しました。1583年に柴田勝家と羽柴秀吉が激突!!!!(# ゚Д゚)!!!賤ヶ岳の戦い(しず […]

舟岡城/船岡城/剣城/八幡城(石川県)

舟岡城/船岡城/剣城/八幡城の感想 築城はわかっていませんが、この奥にある鳥越城の支城として築かれたんじゃないかと云われています。一向一揆衆の城としてあり、1580年に織田軍が一向一揆衆討伐のために侵攻し、織田信長の重臣佐久間盛政が1582年に一向一揆方の若林長門守を謀殺して落城させたと云われています。(その時に鳥越城も一緒に落城したようです) 1583年に前田利家が金沢城に入城すると、前田利家の […]

太田道灌の墓(洞昌院)(神奈川県)

太田道灌の墓の感想 神奈川県伊勢原市(洞昌院)にある太田道灌のお墓に行ってきました。このお寺(洞昌院)自体が太田道灌が開いたお寺とのことです。太田道灌は最後、先日あげた糟屋館/上杉館跡にて主君だった上杉定正に殺されてしまいます。そしてこの場所にお墓が建てられています。 太田道灌について簡単に説明しておきます。1432年にこのお墓などがある現在の神奈川県伊勢原市あたりで生まれたとされています。父は太 […]

富樫城 / 富樫館 / 富樫館跡 石碑(石川県)

富樫城 / 富樫館 / 富樫館跡 石碑 北陸鉄道の野々市工大前駅前に『富樫城 / 富樫館 / 富樫館跡 石碑』があります! 案内板がありますがそこには『この石碑は、昭和四十二年(1967年)にかな金沢工業大学と富樫卿奉賛会が館の存在を広く知らせるために建てたものである。石碑の裏には『富樫氏歴代の居館したところ富樫城とも云われる九艘川と新兵衛川を外壕とした區域である』と刻まれている。富樫館/守護所は […]

富樫館跡 / 守護所(石川県)

富樫館跡 / 守護所の感想 1335年に富樫高家が加賀国の守護大名となり、政務をとった館を築いたのが『守護所』であり『富樫館』とも呼ばれていました。富樫高家を初代と考えそれから1488年に第12代目と(1つ飛ばして)第14代目富樫家を継いだ富樫政親が加賀一向一揆衆たちに攻められ富樫氏の詰城だった高尾城に立て籠りますが攻め込まれて殺されてしまいます。その後も富樫泰高(やすたか)稙泰(たねやす)晴貞( […]

高尾城 / 多胡城 / 富樫城(石川県)

高尾城 / 多胡城 / 富樫城の感想 高尾城は『たこじょう』若しくは『たこうじょう』と読みます。築城はいつかはわかりませんが、鎌倉時代に加賀国守護大名の富樫政親(とがしまさちか)が築いた山城だと云われているみたいですね( `ー´)ノ高尾城は富樫氏が非常時に楯籠る山城だった様で、通常時は守護所(富樫館)で政務を執っていた様です。 見晴らし台のある高尾城の山頂は『ジョウヤマ』と云われ、背後のは『コジョ […]

堅田城(石川県)

堅田城の感想 堅田(かただ)城は標高113mの丘陵先端部に立地し国道159号線(金沢東部環状道路)のトンネルが走っています。当時も北陸道・小原越(おはらごえ)といった主要街道や、日本海・河北潟(かほくがた)・森下(もりもと)川を見渡すことができる水陸交通の要衝に位置していたと思われます。堅田城の築城は木曽義仲が築城したとの言い伝えがある様ですが実際は不明で、ここ一帯の加賀国は一向一揆が盛んな国とし […]

糟屋館/上杉館跡(神奈川県)

糟屋館/上杉館跡の感想 太田道灌が好きなら気になる場所の一つですよね。1486年7月26日に太田道灌はこの場所にあった扇谷上杉氏の館に招かれ、主君だった上杉定正に誅殺されてしまいます。市の案内によると風呂場で襲われ「当方滅亡」と叫び、絶命したといいます。と書かれてました。現在は産業能率大学になってしまっており館の面影はほぼ残っていないですね。その後はこの前の記事、実蒔原古戦場や七沢城などで書きまし […]

実蒔原古戦場(神奈川県)

実蒔原古戦場の感想 1487年に実蒔原の戦い(さねまきばらのたたかい)があった場所とされている古戦場になります。実蒔原の戦いは太田道灌が主君だった上杉定正の館で殺されたことを発端にして扇谷上杉氏と山内上杉氏の間で起こった戦いになります。同族の上杉氏同士の内紛ですね。長享の乱とも言われる約18年にもわたって争った両者の戦いの中の一つになります。 実蒔原の戦いでは(扇谷)上杉定正の弟、朝昌が守る七沢城 […]

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