CATEGORY 時代区分

各お城の存在した時代で表示をしています。

福島城(新潟県)

福島城の感想 新潟県に福島城という名前のお城があったなんて知りませんでした。しかも意外と有名でもおかしく無いような方が城主だったりと訪問してみて勉強になりました!越後福島藩という班が存在していたんですね。 そんな越後の福島城ですが、上杉景勝が1598年に会津へ移封になると、堀秀治が上杉謙信の居城だった春日山城に入ります。山城のため、平時としては使い勝手が悪くこの福島城を築城したとのことですが、福島 […]

琵琶島城(新潟県)

琵琶島城の感想 琵琶島城(びわじまじょう)は現在、県立柏崎総合高校となっていて遺構は残っていない状況になります。高校ができる前までは土塁などが残っていたみたいですが、現在は高校の敷地内にある石碑が城跡であることを表示している以外周りを見ても城跡の面影を見つけることはできません。琵琶島城の歴史ですが、上杉憲顕(うえすぎのりあき)が越後の守護を任された時に家臣として着いて来た宇佐美定満(うさみさだみつ […]

亀山城 / 丸山城(和歌山県)

亀山城 / 丸山城の感想 亀山城は道湯川(今の和歌山県田辺市)から日高地域(現在の和歌山県御坊市湯川町)へ進出した湯河光春が1348年に築いた城だと云われています。この湯河(湯川)氏がなかなか面白く家紋は『割菱』であることから・・・たぶん、気のまわる方ならわかると思いますが、元々はあの甲斐源氏の武田氏が祖となり、たぶんですが何かしら罪を犯し紀伊(和歌山)国の熊野に配流(まぁ~簡単に言えば島流し的な […]

若江城(大阪府)

若江城の感想 若江城の築城は不明ですが、1460年に京都を追われた畠山義就(はたけやまよしなり)若江城に入城したと文献にあるので、その頃には畠山氏関係の城として築かれていたんじゃないかと思います。(*´ω`*) この頃、応仁の乱の引き金となる畠山氏の家督争いが始まり、畠山政長が畠山義就の若江城を攻めると畠山義就は敗れ嶽山城(だけやまじょう)に逃げ去ると、若江城に畠山政長が入城します。たぶん若江城が […]

私部城 / 交野城(大阪府)

私部城 / 交野城の感想 私部城は『さきのべ』城と読むようですね~難しい~(*´ω`*) 文献か何かに『サキノヘノ城』と呼ばれる城が出てくるようです。また、この地点は交通の要所から『片野』と呼ばれていた様で、片野から『交野』となり、交野(かたの)城とも呼ばれていいた様ですね( ̄▽ ̄)築城は1558年~1560年頃だと云われ安見右近によって築城された様です。安見氏は元々畠山氏の家臣でしたが、畠山氏が […]

茨木城(大阪府)

茨木城の感想 1444年~1449年頃に記載されている『文安年中御番帳』に奉行者のひとりとして茨木氏の名前が確認できることから、この頃から摂津国で台頭してきた一族だと思われ、築城された年は不明であありますが、その茨木氏がこの茨木城を築城したと云われています。細川高国と細川晴元が対立すると当時の城主だった茨木長隆は細川晴元側に付き、細川高国を打ち破り死に追いやっています。その後、茨木重朝の時代になる […]

  • 2026.01.07

高槻城/久米路山龍ヶ城/入江城(大阪府)

高槻城/久米路山龍ヶ城/入江城の感想 高槻城は摂津国高槻村にあった平城で築城は不明ですが901年~1000年頃にはあったみたいで、1874年の明治7年まで使用されていた驚きの城です!(;゚Д゚)室町時代には入江氏の居城としていたため入江城と呼ばれていましたが、織田信長に入江氏が滅ぼされてしまうと和田惟政(わだこれまさ)が入城し居城とします。和田惟政は足利義輝に仕えていたが不信を買って和田村に蟄居さ […]

  • 2026.01.07

三好長慶公の墓(大阪府)

三好長慶公の墓の感想 三好長慶はご存じの通り、織田信長よりも早く天下人を目指し天下人となった武将で、三好長慶は阿波国で生まれ(三好長慶公誕生地)スタートになっているのは阿波国の芝生城だと云われています。阿波国の吉野川沿いから阿波国の中心地に進出した三好氏は、勝瑞館を築き館に隣接した勝瑞城を築きました。当時では珍しい平城だった様ですね。その後、勝瑞城は細川氏9代・三好氏3代で約230年間本拠点とした […]

三好元長公の墓(大阪府)

三好元長公の墓の感想 大阪の堺にある顕本寺(けんぽんじ)に三好元長公の墓がありました( `ー´)ノ三好元長といえば、日本で初の天下人となった三好長慶(みよしながよし)の父親で、三好長慶の他にも、三好実休(兄の三好長慶が畿内で天下取りをしている間、故郷・阿波の統治と四国における三好家の勢力拡大を図った武将)、安宅冬康(三男の安宅冬康は大阪湾の制海権を握り、政権の『海』と『知』を支えた武将)、四男の十 […]

明智煕子・明智光秀一族の墓(滋賀県)

明智煕子・明智光秀一族の墓の感想 明智煕子(あけちひろこ)の墓へ行ってきました。煕子は明智光秀の正妻になります。明智光秀は生涯、煕子以外に側室などを持たなかったとされていて2人の夫婦愛が伝わってくる話が多く有ります。明智光秀は斎藤道三に仕えていたので道三が亡くなると浪人になります。本当かどうかわかりませんが、とても貧しかったこの時代に煕子は自分の自慢の黒髪を売って家計を助けたなどの逸話が残っていま […]

1 70