今泉城(新潟県)
今泉城の感想 今泉城は平城で、城って云うか『館(たて)』の方がイメージしやすいのかもしれませんね!現在の大和神社を中心とした周辺だと思われます。南北朝時代に南朝方の村山義信・隆義親子が築き居城としたと云われています。その後は上杉謙信の跡目を争った『御館の乱(上杉景勝と上杉景虎(北条氏康の息子)が争った)』の際に、上杉景虎が敗れ御館から鮫ヶ尾城へ逃れる途中にこの今泉城に立ち寄ったと云われています。 […]
新潟県のお城やその武将などにまつわる場所を表示しています。
今泉城の感想 今泉城は平城で、城って云うか『館(たて)』の方がイメージしやすいのかもしれませんね!現在の大和神社を中心とした周辺だと思われます。南北朝時代に南朝方の村山義信・隆義親子が築き居城としたと云われています。その後は上杉謙信の跡目を争った『御館の乱(上杉景勝と上杉景虎(北条氏康の息子)が争った)』の際に、上杉景虎が敗れ御館から鮫ヶ尾城へ逃れる途中にこの今泉城に立ち寄ったと云われています。 […]
箕冠城/箕冠山城の感想 日本(漢字)って難しいですなぇ~(=゚ω゚)ノ箕冠城(みかぶりじょう)と読みます!!! 箕冠城は越後国にあり上杉謙信の居城の春日山城や高田城の直ぐ近く、信濃国から越後国に攻められるときの越後国の入口を向かいの山城である鳥坂城と共に抑える非常に重要な位置づけにある山城です。 箕冠城は越後国守護の上杉家の重臣大熊氏が守る重要な城で、上杉謙信の時代には大熊朝秀(おおくまともひで) […]
三分一ヶ原古戦場の感想 三分一ヶ原古戦場は上杉謙信の父、「長尾為景(ながおためかげ)」を越後守護上杉家の一族柏崎の上条定憲が1530年、1533年、1534年と三度にわたり討伐を図りますが、上手くいかず、1536年4月に府中に進撃してきた琵琶島城城主「宇佐美定満」、柿崎城城主「柿崎和泉守景家」と長尾為景が夷守郷三分一原で激突します。からくも上条方を撃退することができた戦いでした。その合戦のあった場 […]
栃尾城の感想 謙信ゆかりの地、栃尾城へ行って来ました。謙信は春日山城で生まれた跡、1544年、14歳ごろにここ栃尾城の城主になります。そして、周辺の領主たちが反旗を翻した「栃尾城の戦い」で初陣を飾ります。栃尾城の戦いの簡単な経緯ですが、もともと、国人領主の傍若無人な振る舞いが目に余るので栃尾城に謙信が送り込まれるのですが、周辺の領主(長尾俊景や黒田秀忠)などは若造なら叩き潰せると思って栃尾城に攻め […]
坂戸城の感想 坂戸城に行って来ました!なかなか麓からの比高があるので大変そうだなとちょっと躊躇っていたのですが熊対策もした上で行って来ました。登山としても人気の山なので休日はけっこうな人とすれ違いました。登山としても人気あるんですね。ちなみに、行かれる際にナビに坂戸城と入れると坂戸城という宿に到着したりするのでお気をつけください。坂戸城跡で検索すると辿り着けます。私は宿に誘導されてしまいました笑 […]
御館/上杉館の感想 上杉家最大の家督争いで有名な「御館の乱(おたてのらん)」のその御館の場所がここ御館公園になります!行かないとなぁ。と思って数年が経ちやっと訪問できました!今はただの公園で遺構もない状況なのでここにあったんだ。みたいな雰囲気です笑 御館の乱は1578年に上杉謙信が跡取りを指名することなく急死したことで上杉景勝と上杉景虎の間で起きた争いになります。謙信が亡くなる以前から景勝派と景虎 […]
柿崎城の感想 柿崎城に行って来ました!ここ何がすごいって、高速のインターチェンジのループしている道路に囲まれたお城なんです!(◎_◎;)道路に囲まれているので城跡はあるけど入れないのかな?と思いましたがちゃんとわかりづらいですが入口もあり、城の説明版もありました!だいぶ草木に覆われて見えづらくなってましたが。。 柿崎城とはどんなお城なのかですが、柿崎氏の居城で柿崎氏は宇佐美氏の支流になる家系のよう […]
福島城の感想 新潟県に福島城という名前のお城があったなんて知りませんでした。しかも意外と有名でもおかしく無いような方が城主だったりと訪問してみて勉強になりました!越後福島藩という班が存在していたんですね。 そんな越後の福島城ですが、上杉景勝が1598年に会津へ移封になると、堀秀治が上杉謙信の居城だった春日山城に入ります。山城のため、平時としては使い勝手が悪くこの福島城を築城したとのことですが、福島 […]
琵琶島城の感想 琵琶島城(びわじまじょう)は現在、県立柏崎総合高校となっていて遺構は残っていない状況になります。高校ができる前までは土塁などが残っていたみたいですが、現在は高校の敷地内にある石碑が城跡であることを表示している以外周りを見ても城跡の面影を見つけることはできません。琵琶島城の歴史ですが、上杉憲顕(うえすぎのりあき)が越後の守護を任された時に家臣として着いて来た宇佐美定満(うさみさだみつ […]
北条城の感想 北条(きたじょう)城と呼びます。北条城は上杉謙信の家臣だった北条高広の城で、その昔は鎌倉幕府時代に源頼朝の重臣だった大江広元が四男季光が相模原毛利荘を貰い毛利季光となり、季光の四男経光が越後国刈羽郡佐橋荘南条を与えられ入国したことから始まります。その南条の地に館を築き毛利経光→基光(嫡男)→時元(嫡男)と続き毛利から南条の名を語っていた様ですが、時元の時代に南条(なんじょう)から北条 […]