空堀

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田内城 / 巌城(鳥取県)

田内城 / 巌城の感想 築城は定かではないようですが、1340年ごろから1345年頃、山名時氏が標高58mの仏石山に築かれた城で、山名寺同様に小鴨川沿いにありますが、小鴨川と天神川が合流する地点の西側にある丘陵に築かれているため、海(日本海)からの荷揚げする海運・川運の抑えの要害として築かれた様な気がしますね!仏石山は小ぶりな山ですが、小さいながらも急こう配の山城となっており、当時は『砦』を拡張し […]

三木城(兵庫県)

三木城の感想 三木城に訪問してきました!三木城は釜山城や別所城とも呼ばれていたみたいです。三木城といえば、別所長治(べっしょながはる)が羽柴秀吉から離反して起こした三木合戦が有名ですね。でも、その前に別所氏が東播磨で力を付けていくきっかけを作ったのが別所則治(べっしょ のりはる)です。この方がいたから別所氏は東播磨八郡の守護代にまでなり別所氏を名門にしたと言えます。三木城を築城したのも別所則治にな […]

法勝寺城 / 尾崎城(鳥取県)

法勝寺城 / 尾崎城の感想 法勝寺城は、わりと早い時期から西伯耆国の要として城は築城されていたらしいです。。。この地域一帯は山名氏が支配をしており、築城者はわかりませんが山名満幸(山名師義(やまなもろよし)の四男)が築城したと云われており、山名満幸は丹後国・出雲国・隠岐国・伯耆国の守護大名だったと云われるので、西の要として勢力を持っていたと思われますね。何やら調べると・・・1481年頃、伯耆国の守 […]

三沢城 / 鴨倉城 / 亀嶽城(島根県)

三沢城 / 鴨倉城 / 亀嶽城の感想 1305年、三沢為仲(木曽義仲の孫)によって鴨倉山に築かれ、鴨倉城・亀嶽城と呼ばれていたようですね。三沢氏は上記に記載した通り、木曽義仲の流れを組む一族ととも云われたり、信濃国の源氏の流れを組む飯島氏の飯島城の城主だった飯島為光が1221年の承久の乱で武功を挙げ、出雲国三沢荘を与えられたため移り住んだとされてもいます。この三沢荘は良質な砂鉄を採ることが出来たた […]

馬木城 / 馬来城 /夕景城(島根県)

馬木城 / 馬来城 /夕景城の感想 尼子十旗のひとつ馬木城 / 馬来城 / 夕景城です!行きたかった山城のひとつなのですが・・・結論から言えば城攻め失敗です!(´;ω;`)ウゥゥ朝6時頃に馬木城に着いたことと日にちが近い時に熊の目撃情報が2件あったこと、そして城に入っていくと何か土石流じゃないけど何かすごい勢いで流れていった跡があり、入口まで行ったのですが撤退してしまいました~( ノД`)シクシク […]

中久喜城 / 亀城 / 栃井城 / 中岫城 / 岩壺城(栃木県)

中久喜城 / 亀城 / 栃井城 / 中岫城 / 岩壺城の感想 中久喜城は現在の栃木県と茨城県の県境、当時でいえば下野国寒川郡に築かれた城で、『小山氏城跡(鷲城跡・祇園城跡・中久喜城跡)』のひとつであり重要な城であったと思われます。小山氏はもともと藤原秀郷(ふじわらひでさと)の後裔と称した太田氏の流れを組む一族らしく、小山政光が下野国小山に移住し小山氏姓を名乗ったことから始まるらしく、中久喜城も小山 […]

神吉城(兵庫県)

神吉城の感想 神吉城(かんきじょう)と読みます。別名、真名井城(まないじょう)、奈幸子城(なこしじょう)とも呼ばれるみたいです。神吉城は神吉氏のお城で赤松氏の支流に当たる家系のようですね。ちなみに赤松氏は置塩城という山城好きには絶対に行って欲しいお城を居城にしていた播磨では有力な武将になります。別で置塩城も投稿する予定です。お楽しみに!神吉氏の話に戻りますが、神吉氏は別所長治が織田信長(豊臣秀吉) […]

玉縄城 / 甘縄城(神奈川県)

玉縄城の感想 玉縄城はずっと行ってみたかった城です!残念ながら玉縄城全体は住宅地と本丸には中学校が建設されており全体を楽しむことはできません(´;ω;`)ウゥゥ しかし、相模国の支配を始めた北条早雲にとっては、この鎌倉の北に位置する玉縄城は鎌倉を管理をするためにも重要な役割を果たさせる城でなかったのではないかと思います( `ー´)ノ 玉縄城は北条早雲が1512年に築いた城だと云われていますが、もと […]

結城城(茨城県)

結城城の感想 結城城ははっきりしていませんが(古すぎて)結城朝光(ゆうきともみつ)が築いた城だと云われているようです。結城朝光は平安時代~鎌倉時代中期ごろまで活躍した武将で、勢力を持った有力な御家人として存在してました!!!下総結城氏の初代当主でもあったと思われます。(下総国は現在の千葉っぽいですがまんざら外れてもいなく、千葉の北部と茨城の南西部辺りを指すようです。。。けど今回は下野国(しもつけの […]

志賀城(長野県)

志賀城の感想 志賀城は武田晴信(武田信玄)の志賀城攻めで有名なお城で、「小田井原の戦い」の中心になったお城です。現在は佐久市内の長閑な場所といった印象ですが、1546年に武田晴信(信玄)は領地拡大のために佐久地域がどうしても欲しく、志賀城城主の笠原清繁(新三郎)に戦いを挑みます。笠原氏は関東管領の上杉憲政に援軍を頼みますが、流石の武田晴信(信玄)、家臣たちに碓氷峠へ向かわせて上杉の援軍を足止めどこ […]

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