2026年

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  • 2026.08.17

湊城(秋田県)

湊城の築城時期はよくわかっていませんが、安藤(安東)康季(あんどうやすすえ)が1436年に将軍野(土崎の東に広がる平原、現在は住宅地)の西北に城を築いたと云われています! 元々、土崎湊の地は1395年には十三湊を下国安藤(安東)氏の一族の安藤(安東)盛季の弟の安藤鹿季(あんどうかのすえ)が支配し居城としたと思われます。安藤鹿季は後に湊氏を名乗り、更に秋田城介と名乗った様ですね。その後、湊安藤氏→湊 […]

  • 2026.08.17

雀舘(秋田県)

雀館(すずめだて)は五城目城/砂沢城https://jh.irukamo.com/post-41445/の支城として築かれた様です。現在は雀館公園として整備されています。周囲に帯曲輪状の平坦地が見られる程度で明瞭な遺構は残っていなかったです。道路を跨いで体育館側に県指定の『雀館古代井戸』が残っていました(`・ω・´)ゞ 【雀舘】 これが『雀館古代井戸』です!(。◕ˇдˇ​◕。)/

  • 2026.08.17

五城目城/砂沢城(秋田県)

五城目城/砂沢城は1590年頃に築城されたと伝えられていて、五城目/砂沢城の城主は藤原李盛(藤原内記?)だった様です。1588年頃に安東氏の内紛が勃発(湊騒動)後に、五城目/五十目地域を支配した藤原氏は後に五十目氏を名乗る様になります。城主は藤原四郎右衛門秀盛(秀兼)であり、856石の知行を持って檜山安東氏に属したようですね。。。五城目城/砂沢城に移った後に五十目内記秀盛と名乗ったみたいです♪案内 […]

  • 2026.08.17

浦城(秋田県)

浦城は現在の秋田県南秋田郡八郎潟町にある山城で浦城は三浦兵庫守盛永(みうらひょうごのかみもりなが)の居城でした。三浦氏は現在の神奈川県三浦半島の衣笠城に居住し『三浦平太』と姓を改めたのが三浦家(こっちの方が有名ですね)の元祖となった一族で、この三浦家に関係する三浦の名前が出てくるのは今から約450年前。始祖であるとなったのが三浦兵庫頭盛永(みうらひょうごのかみもりなが)でみたいです( `ー´)ノ浦 […]

  • 2026.08.17

脇本城(秋田県)

脇本城は知る人ぞ知る!男鹿半島から日本海を臨む東日本屈指の規模を誇る山城で、その広さは150haに及ぶ想像もつかないぐらいの大規模な山城で、標高約100mの丘陵を活かし整備した土づくりの城で石垣は存在していません。私が脇本城を知ったのは安東愛季(あんどうちかすえ)の存在で、この脇本城を居城にしようと改築を行っていたみたいです。 安東氏は元々安部氏といい、その昔、平安時代の頃は陸奥国(青森・岩手・宮 […]

和田山城(石川県)

和田山城の感想 1506年頃に一乗谷城の越前守護朝倉貞景に追われた南加賀国一向衆の和田坊超勝寺が築いた城とされ、その後、大小の加賀国一向衆同士の小競り合いから、本願寺が和田坊超勝寺側に付き本願寺一向衆側として確立された様です。この辺は古墳が多く(前方後円墳や前方後方墳や円墳など、この辺一帯にも40数基もの古墳が築かれています!凄いですなぁ~Σ(・□・;) 和田山城も古墳を利用した平山城で、手取川南 […]

三増合戦場跡(神奈川県)

三増合戦場跡の感想 武田軍と北条軍が戦った三増合戦の場所になります。元々は今川・武田・北条の三国同盟を組んでいましたが、1560年桶狭間の戦いで今川義元が敗れ武田信玄が三国同盟を破棄して1568年今川領への侵攻を始めます。武田信玄は徳川家康と今川領の分割を条件に手を結びさすがに勝てないとなった今川氏真が1569年掛川城を開城し今川家は滅亡します。今川氏真は小田原北条氏の元に逃げて最終的には徳川家に […]

山口玄蕃頭宗永公之碑(石川県)

山口玄蕃頭宗永公之碑の感想 大聖寺城の城内本丸の場所に『山口玄蕃頭宗永公之碑』がありました(`・ω・´)ゞ かつての大聖寺城主の山口宗永(玄蕃頭)とその息子・修弘(むねひろ)の最期を追悼し、その忠義を後世に伝えるために建てられた顕彰碑(慰霊碑)だそうです。 山口宗永は、元々は織田家臣の丹羽長秀に仕え、のちに豊臣秀吉の直臣(側近)として山城国の宇治田原城や近江国の大石淀城の城主にもなり重用された武将 […]

大聖寺城 / 錦城(石川県)

大聖寺城 / 錦城の感想 大聖寺(だいしょうじ)城は標高約67mの錦城山(古城山)に築かれた城で、築城の時期ははっきりしていませんが鎌倉時代に狩野氏によって築かれたと云われています。昔からあった城なのでモロモロ歴史はあった、例えば1335年に名越(なごえ)時兼(北条時兼)が南下し攻め込んできた時には狩野一族が大聖寺城に籠りこれを撃退したとの記録が残っていたり、1337年には新田義貞に加担した敷地伊 […]

今江城 / 御幸塚城(石川県)

今江城 / 御幸塚城の感想 今江城は御幸塚(みゆきづか)城とも云い、花山法皇の御幸があったことが由来しているからだそうです。。。築城は不明ですが富樫氏が加賀国の守護大名になる前の富樫泰高の頃に今江城を築いたのではないかと云われています。 1488年に長亨の一揆(高尾城攻防戦)が勃発すると、加賀一向一揆勢に対し富樫泰高はこの今江城に籠城したと云われています。 富樫政親の代になり富樫氏が加賀国守護とな […]

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