- 2026.04.28
- 入場料無料,
岡崎土橋城(和歌山県)
岡崎土橋城の感想 詳しくはわかっていませんが、雑賀衆に土橋(つちはし)氏という武将がおり、土橋氏が築いた城なんじゃないかと云われているようです。 よって、岡崎土橋城は『おかざきつちはしじょう』って読むんだと思います( `ー´)ノ 行ってみましたが、『本願寺別院岡崎坊』が岡崎土橋城跡の可能性が高く、今では城らしい構造は残っていません。雑賀衆だし当時は『寺=城=居城』であったんではないかと思われます。 […]
岡崎土橋城の感想 詳しくはわかっていませんが、雑賀衆に土橋(つちはし)氏という武将がおり、土橋氏が築いた城なんじゃないかと云われているようです。 よって、岡崎土橋城は『おかざきつちはしじょう』って読むんだと思います( `ー´)ノ 行ってみましたが、『本願寺別院岡崎坊』が岡崎土橋城跡の可能性が高く、今では城らしい構造は残っていません。雑賀衆だし当時は『寺=城=居城』であったんではないかと思われます。 […]
小山塚の感想 先程の太田城に記載しましたが、第二次太田城の戦いで豊臣秀吉の水攻めにより太田城は奮戦むなしく落城してしまいます。その際に城主であった太田左近を含む53名は自害させられた太田城内三か所(案内板には四か所とも!?)に埋められたとされ、その一か所がこの『小山塚』と云われているみたいですね。 案内板からは『太田左近宗正と武将たちは自刃した。自刃した武将たちの首級は、秀吉検分後、大阪阿倍野の天 […]
太田城の感想 実は・・・紀伊国で行きたかった城のひとつがこの『太田城』です!(`・ω・´)ゞあまり知られてはいませんが、日本三大水攻め(備中高松城・忍城・そしてこの太田城)のひとつとされています。太田城は紀氏が1489年~1492年頃に紀伊国造(『きのくにのみやつこ』『きいこくそう』と云われる紀伊国を支配した国造の神別)の紀氏第64代 紀俊連 が神領保護を目的として『秋月城(近くにありましたがスー […]
雑賀城 / 妙見山城の感想 雑賀城です♪ 歴史好きの方ならピン♪と来るかもしれませんが、鉄砲集団雑賀衆の雑賀衆の中心となった城であり、雑賀(鈴木)孫一(鈴木孫一)の城としても有名な城です(。◕ˇдˇ◕。)/雑賀城は鈴木佐大夫(すずき さだゆう←鈴木孫一のお父さん!)が築いた城である様ですが、元々は妙見山上に『妙見堂』が建つ丘山上の北側に「千畳敷」と呼ばれる台状地があり、ここに居城を構え城下町を整 […]
湯浅城の感想 湯浅城は1143年頃に紀伊国佐田郡に青木山に鎌倉時代の武将 湯浅 宗重(ゆあさ むねしげ)によって築かれた城と云われております。湯浅宗重は平清盛に平治の乱の一報を伝え共に上洛したことから有力武将のひとりとされ、その後、平重盛の子 平忠房と共に湯浅城に籠城し源氏と戦いますが、源頼朝に降伏し1186年には所領も安堵されたため紀の川流域の辺まで勢力を拡大し、『湯浅党』と呼ばれていたみたいで […]
八幡山城 / 吉田城の感想 1346年頃(かなり古いですねぇ~)に旧矢田荘領主の吉田頼秀によって築かれた山城と云われている様です。吉田頼秀は近隣の土生城主逸見氏や山崎城主川上氏と縁戚を結び、連携をとってこの地を納めていたものと思います。三男の吉田金毘羅丸(すげぇ~激しい名前ですね!?(;゚Д゚))の居城となると、亀山城主の湯川(湯河)氏が日高平野に侵攻してきたため、吉田氏らは敗れ・・・没落したと云 […]
入山城の感想 紀伊国にある入川城は、西側に西川が流れ堀として東側には亀山城を備える両城で連携した山城だと思われます。丘陵中央部は標高76mの『城山』部分と南端の標高は34mの『本丸』部分の二か所を備えた山城です。築城は定かではありませんが、三好義長が1522年に阿波国から紀伊国に侵攻した際に畠山氏と戦った際に築かれた山城だと云われているみたいですね。その後は、一度敗れた畠山氏が地元の豪族湯川(湯河 […]
吉良家供養塔の感想 吉良家が世田谷城から追い出されたのちに入城したのが横浜市にある蒔田城(蒔田館、蒔田御所)になります。世田谷城は招き猫で有名な豪徳寺の周辺一帯にあり、豪徳寺も吉良政忠が建立したお寺になります。その後、彦根藩の井伊家が世田谷区周辺をもらいこの地に入り、お寺を再考して井伊家の菩提寺となっています。吉良家の墓も豪徳寺の近く、同じ世田谷区内にありますが、勝光院というお寺になります。吉良氏 […]
長尾砦跡の感想 先日の長尾氏居館跡の記事に続いて長尾氏砦跡になります。長尾氏砦は小田原北条氏の時代に作られたもののようですので、戦国時代に作られた場所になるようです。ただ、すぐ隣に長尾氏居館跡があり、そちらは長尾氏発祥の地と言っても良い場所かと思われます。長尾氏は鎌倉時代に鎌倉氏だった鎌倉景広がこの地をもらい長尾の姓を名乗るようになり、長尾景広となります。その後、戦国時代になり、小田原北条氏がこの […]
長尾氏居館跡の感想 長尾氏居館跡は神奈川県横浜市栄区長尾台にあります。鎌倉市と隣接する場所で、相模国鎌倉郡長尾郷(長尾荘)を鎌倉景広がもらったことで「長尾」を名乗るようになり長尾氏が始まります。鎌倉氏は坂東八平氏の一つで桓武平氏の流れの氏族になります。この二代目に当たる長尾定景一族の墓が久成寺というお寺にあるので長尾氏居館跡(長尾砦)と一緒に巡ってみるのをお勧めします。この長尾氏ですが、上杉氏の家 […]