孤高の反逆児ポンタ

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馬木城 / 馬来城 /夕景城(島根県)

馬木城 / 馬来城 /夕景城の感想 尼子十旗のひとつ馬木城 / 馬来城 / 夕景城です!行きたかった山城のひとつなのですが・・・結論から言えば城攻め失敗です!(´;ω;`)ウゥゥ朝6時頃に馬木城に着いたことと日にちが近い時に熊の目撃情報が2件あったこと、そして城に入っていくと何か土石流じゃないけど何かすごい勢いで流れていった跡があり、入口まで行ったのですが撤退してしまいました~( ノД`)シクシク […]

大江広元邸址(神奈川県)

大江広元邸址の感想 『大江広元邸址』屋敷は、大江広元のお墓がある山の下にある明王院の向かい側、『明石橋』の交差点の所に滑川が流れていますが、その滑川沿いに屋敷があったものと思われます。 『大江広元邸址碑』にはこぉ書かれていました・・・(=゚ω゚)ノ『大江氏 奕世(えきせい:累代)学匠として顕(あらわ)る 嘗(かっ)て匡房(まさふさ) 兵法を以て義家に授く 広元は其の匡房の曽孫(ひまご)なり 頼朝に […]

伝 大江広元の墓(神奈川県)

伝 大江広元の墓の感想 大江広元は毛利元就の祖として、私とかはとても重要な人物と考えていました。(毛利元就も一時、幕府側に出す書状に大江元就と記載していたことがあります) 大江広元は京都の儒学を専門とする京都で朝廷に務める下級貴族だった中原広季の養子となったとあります。大江広元もその時は中原広元と名乗っていたようですね。途中、1216年にあらためて大江広元と改めた様です。京都にいたころ、兄の中原親 […]

遠江 飯田古城(静岡県)

遠江 飯田古城 太田川東岸中飯田の段丘上に『曹洞宗崇信寺』があります。 山門前の寺名を刻んだ石柱には『飯田城主山内対馬守開基』と記載しています。 ここが『遠江飯田古城』があった場所だと思われます♪山内氏は鎌倉期に飯田荘の地頭となり、次第に勢力を拡大して室町期には天方本城を中心に勢力を拡大し、今度は約7km先に南下し新たに遠江飯田古城を山内対馬守道美が築いたとされています。その後、山内道美の孫となる […]

遠江 飯田城(静岡県)

遠江 飯田城の感想 遠江(遠州)飯田城は山内道美の孫(三代目)である山内大和守通泰によって築かれた城みたいです。元々は山内道美が築いた飯田古城(当時はそんな呼び名ではなかっでしょうね)があったようですが、そこから新たに築き移り住んだとされています。時代は戦国時代真っ只中ですからね~!?!?!? 1569年に徳川家康の家臣である榊原康政と大須賀康高らに攻められ落城し、山内通泰は討死してしまいます!1 […]

刈谷城(愛知県)

刈谷城の感想 三河と知多半島のちょうど中間にある刈谷城です。『刈谷』は『刈屋』と呼ばれており、またの名を『亀城』と呼ばれていたようですね。刈谷城は衣ヶ浦(ころもがうら)の北端東岸に面して築かれ、西側から東側にかけて順に、本丸→帯曲輪→内堀→二ノ丸→三ノ丸→大手門→城下町となっており、刈谷城が西側(織田氏)に備えた東側(今川氏)の城を意識して築かれたように感じます。1533年に築城したのは水野忠政と […]

中久喜城 / 亀城 / 栃井城 / 中岫城 / 岩壺城(栃木県)

中久喜城 / 亀城 / 栃井城 / 中岫城 / 岩壺城の感想 中久喜城は現在の栃木県と茨城県の県境、当時でいえば下野国寒川郡に築かれた城で、『小山氏城跡(鷲城跡・祇園城跡・中久喜城跡)』のひとつであり重要な城であったと思われます。小山氏はもともと藤原秀郷(ふじわらひでさと)の後裔と称した太田氏の流れを組む一族らしく、小山政光が下野国小山に移住し小山氏姓を名乗ったことから始まるらしく、中久喜城も小山 […]

豊田城(茨城県)

豊田城の感想 豊田城と云えば、凄い巨大な模造の城『豊田城:常総市地域交流センター』だと思われますが、私はなんだかモヤモヤ感があって写真すら写していません!(# ゚Д゚) 今回は鬼怒川沿いにある豊田城跡をご紹介させて頂きます!(`・ω・´)ゞが・・・何にもない!何にも残っていない! 鬼怒川の底にでも沈んでしまったのかもしれません~ 豊田氏はその昔、平将門とも流れが濃いぃ関係じゃなかったのかとも思われ […]

石毛城 / 本石毛城(茨城県)

石毛城 / 本石毛城の感想 石毛城(本石毛城)は向石毛城(豊田館)から鬼怒川を挟んで東側に約1.5km離れた場所にあった城で、当時、この辺一帯を治めていた豊田城の城主 豊田氏が近隣勢力の多賀谷氏侵攻の防衛ラインとして石毛城を築かせ、次男の政重を豊田氏から石毛氏を名乗らせ石毛城に入れたとされています。石毛政重は猛将として知られており、兄の豊田治親と共に多賀谷氏の侵攻をよく防いでいた様です。しかし、不 […]

向石毛城 / 平将門公本拠豊田館跡(茨城県)

向石毛城 / 平将門公本拠豊田館跡の感想 向石毛城は鬼怒川を挟んで石毛(本石毛)城の西側にあります。ここは 平良将(平将門の父)が豊田館をこの地に築き、平将門 もここで誕生したということが碑文には書かれていました(⌒∇⌒)  後に豊田氏が城を築いたとも云われています。(難しいのは、近くに模擬の豊田城があり、また、鬼怒川沿いにも豊田城跡https://jh.irukamo.com/post-3058 […]

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