戦国時代(室町・安土桃山時代含む)

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葛山城(静岡県)

葛山城の感想 昔でいう駿東地域で戦国時代の激戦区だった場所で、駿東地域一帯で勢力を振るった葛山(かずらやま)氏の居城だった葛山城です葛山氏は鎌倉時代から続く名門中の名門として御家人・将軍家奉公衆として活躍していた一族で戦国時代初頭、今川氏の傘下に納まりながら国人衆(国衆)の有力武将として独自の領国経営を展開した駿東一の武将の一人だと思います。 私が読んでいた北条早雲の歴史小説に登場するのですが、北 […]

梅戸城(三重県)

梅戸城の感想 今回は三重県いなべ市にある梅戸城に訪問してきました。梅戸城は戦国時代に梅戸高実(うめどたかざね)が築城したお城です。梅戸高実は六角高頼(ろっかくたかより)の子で養子として梅戸家に入ります。六角氏は近江の守護などを勤めた由緒ある家系です。梅戸氏は北勢四十八家の一つで北勢四十八家は伊勢の有力な国人を指す言葉で実際には53家ありました。梅戸氏は高実の息子、梅戸実秀の時代に織田信長の北伊勢侵 […]

津幡城(石川県)

津幡城の感想 津幡城は津幡小学校旧校舎の敷地内にあったため現在遺構と言えるものはほとんど残っていませんでした。津幡城は倶利伽羅合戦の平維盛(たいらのこれもり)の配下の者がここに布陣して砦を作ったのが最初と言われております。その後、上杉謙信が七尾城攻略の砦としてこの地を使用し、1583年に前田秀継が越中への備えとして津幡城に入り、越中も前田利家の支配下となり必要がなくなったので廃城になったお城になり […]

松任城(石川県)

松任城の感想 今回は石川県白山市にある松任城(まっとうじょう)を訪問してきました。お城としては有名ではありませんが、一向一揆の時の一向宗松任組の旗本(武将)の城として歴史的にも重要なお城になります。松任城は現在はJR松任駅前の公園として残されています。残されている部分は城全体ではなく本丸跡になりますので公園としてもそれほど大きなものではありません。当時は手取川の扇状地をいかした水堀などがあるお城で […]

桑名城(三重県)

桑名城の感想 三重県桑名市の城跡、桑名城へ行ってきました。現在は九華公園となっております。桑名城といえば徳川四天王の一人である本多忠勝のお城のイメージが強いお城です。そんな桑名城ですが、現在桑名城がある場所は元々、東城というお城があった場所と言われており、この東城を築城したのは伊藤武左衛門実房(いとうぶざえもんさねふさ)と言われております。実房は関東からこの地に来て1513年に城館を建てたのが桑名 […]

蜂須賀城(愛知県)

蜂須賀城の感想 今回は蜂須賀城を訪問してきました。遺構などはほとんど残っておらず、説明板や蜂須賀小六正勝公顕彰碑などがあるのみとなります。現在は蓮華寺の一部にこのような標柱などがあるだけですが、当時は現在の蜂須賀グラウンドあたりに200m四方の城(館だとおもいます。)があったようです。 1526年、蜂須賀小六はこの蜂須賀城で生まれ、斎藤道三、織田信賢、織田信清と仕え戦国時代の覇者である織田信長に仕 […]

伊勢田辺城(三重県)

伊勢田辺城の感想 伊勢田辺城は木造長政(こづくりながまさ)が1586年に築城したお城です。木造氏は代々織田家に仕えてきた家臣の一つで、非常に活躍した武将の一人です。織田信雄と家康VS秀吉が戦った小牧・長久手の戦い後に戸木城を廃城にしてこの田辺城に移ってきたとのことです。その際に所領も1万石ほどに加増されたようです。その後も織田秀信の家老、関ヶ原後は敵だった福島正則に仕えることとなります。敵にも必要 […]

清洲城(愛知県)

清洲城の感想 清洲城は斯波氏が築城したお城ですが、織田信長のお城、もしくは清洲会議で本能寺の変後に誰を後継にするのか決める会議の舞台として有名ですね。そんな清洲城ですが、今回は出張の仕事終わりで日が沈むまでに間に合わず日没後に到着となったのですが、この時期はプロジェクションマッピングのイベントをやっているらしく動画をとらせていただきました。城好きとしては日中も見たいので出張最終日に日中にもう一度清 […]

武蔵松山城(埼玉県)

武蔵松山城の感想 西から西南に流れる市野川を天然の堀として、周りと比べると丸く亀のような丘のような山があります。『武蔵松山城』です!愛媛や岡山とかなどなどの松山城がたくさんあるので、ここでは『武蔵(むさし)松山城』』と書かせてもらいます。またの名を『武州(ぶしゅう)松山城』とも言います。 武蔵松山城は現在(2022年)の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に登場する比企(ひき)氏の比企氏城館跡群にあり、比 […]

小弓城(千葉県)

小弓城の感想 『こゆみ』と書いて『小弓(おゆみ)城』と呼びます。俺は初めてだったのですが、地元の方は普通に『小弓=おゆみ』と呼んでいました。小弓城は下総国・上総国に勢力を広げた千葉氏の流れを組む。亥鼻城(千葉城)の支城として築かれたお城らしく、千葉兼胤の弟・原四郎胤高が居城して以来、原氏累代の城となったようです。 俺は歴史小説で足利高基の弟『足利義明』の居城として知りました。足利義明は原胤清を追っ […]

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