安田義定一族之墓/安田氏五輪塔付宝篋印塔(山梨県)
安田義定一族之墓/安田氏五輪塔付宝篋印塔の感想 安田義定館跡から約1.8km先に『安田義定一族之墓』があります( `ー´)ノ 安田義定館跡にも記載しましたが、安田義定の嫡男の安田義資は越後守に任じられるなど、父子ともども長く鎌倉幕府を支えた安田一族でしたが、建1193年に安田義資が艶書を女房の聴聞所へ投げ入れたと鎌倉幕府から言い掛かりをつけられ安田義資は梟首させられ、安田義定も縁坐で所領を没収され […]
安田義定一族之墓/安田氏五輪塔付宝篋印塔の感想 安田義定館跡から約1.8km先に『安田義定一族之墓』があります( `ー´)ノ 安田義定館跡にも記載しましたが、安田義定の嫡男の安田義資は越後守に任じられるなど、父子ともども長く鎌倉幕府を支えた安田一族でしたが、建1193年に安田義資が艶書を女房の聴聞所へ投げ入れたと鎌倉幕府から言い掛かりをつけられ安田義資は梟首させられ、安田義定も縁坐で所領を没収され […]
安田義定館跡の感想 皆さんは安田義定をご存知ですか? 私は知りませんでした・・・(゚д゚)山梨県をブラブラしてて安田氏の存在を知りました。 安田氏は甲斐源氏の祖と云われる源義光の孫の源清光の子だとされている様です。(甲斐源氏はここで武田冠者と逸見冠者に分かれるようです) 安田氏は元々甲斐国に土着した一族で、甲斐源氏が甲斐国に流れてきて土着すると峡東地域に勢力を持っていた古代在庁官人だった三枝氏の勢 […]
武田信廉(武田信綱)の墓の感想 どっちなんだろう・・・マップ上では『武田信綱(武田信廉)の墓』とあるのですが、個人的には信綱よりも信廉かと思いますので逆に表記しました。(入道した時には信綱なんで信綱が前に来ているんですかね???) 武田信廉は信虎の6男であり、兄の武田信玄が父の信虎を駿河国に追放後、諏訪国に侵攻し支配をするのですが、諏訪国統治を確立しつつあった頃、武田方に謀反を起こした諏訪西方衆( […]
川田館跡の感想 川田館跡は武田信玄の父、武田信虎が1519年に『つづじヶ埼』に館を移すまで、甲斐国統治の中心とした居館だったとされ、武田信虎の祖父の武田信昌が館を築いたとされています。幼年期に武田信虎は『川田五郎』と名乗っていたみたいなので、ここ川田館が守護館であった可能性が高いんじゃないかなぁ~って思います。今は畑になっていますが、当時は水源にも恵まれて広大な館であったんじゃないかと思います。周 […]
金窪城の感想 金窪城は1177年~1181年頃に武蔵七党と呼ばれる武士集団のひとつ丹党の加治家季が築いた城と云われておりますが、案内板を読んだら新田義貞が金窪城を築き家臣の畑時能が金窪城を居城とさせたとも書いてありますねぇ~(‘◇’)ゞ武蔵七党の加治氏はもっと南の入間・飯能の地域が勢力下なのでここまで離れた場所に金窪城を築くのは何かしらの理由があったのか不思議な感じがします […]
雉岡城/八幡山城の感想 雉岡(きじおか)城は山内上杉氏が八幡山の独立丘陵に築かれた平山城です( `ー´)ノ元々は山内上杉氏の居城として築かれるものの、地形が狭かったゆえに山内上杉氏は上州の平井城を築き移っていったとされています!!! 鎌倉街道沿いの交通要衝を押さえた雉岡城は関東菅領上杉氏の最前線地として築かれており、今は雉岡城の方が大きくなっていますが、上杉氏の五十子陣(いかっこじん/いかっこのじ […]
跡部氏館跡の感想 『武田信重館跡/武田信重の墓』を作ってて、めちゃめちゃ気になって『あれ?昔、どこかで見かけた武将だなぁ・・・』って過去の写真をひっくり返してみたら・・・ありました!(●^o^●) 長野県佐久市にありました『跡部氏館跡』です( `ー´)ノ 小笠原氏の嫡家であった伴野時長の次男の跡部長朝に始まる。その中心地がこの『跡部氏館』です!(=゚ω゚)ノ 跡部氏館跡は千曲川に面した跡部集落の […]
武田信重館跡/武田信重の墓の感想 武田信重は甲斐源氏第14代目当主であり武田氏第11代目当主でもあります。武田信重の父をたどっていくと父:信満→信春→信成→武田信武(本人は甲斐武田の当主、弟が初代安芸武田氏の武田氏信)に辿り着きます(^◇^) 武田信重が誕生したころの甲斐国は管理下に置く鎌倉府の支配国のひとつでしたが、京都に置く室町幕府で何事も決定される複雑な国運営をしていた様です。室町幕府側は逸 […]
勝山城 / 甲斐勝山城の感想 勝山城は山梨県だけでも全国的に見ても城・館も含め複数ありますね。『勝』とつけて何かと縁起のいい名称なんでしょうか?(●^o^●) 山梨県では県指定史跡となっている勝山城(山梨県都留市)有名で、こっちの勝山城(甲府市)は・・・あえて『勝山城/甲斐勝山城』とさせて頂きました( `ー´)ノ こっちの勝山城は甲斐国では名門氏族の油川氏の居城であったと云われています。古い平山城 […]
一条氏館跡/一条氏塁跡の感想 上野城/甲斐上野城から直ぐ目と鼻の先に『一条氏館跡/一条氏塁跡』があります。(`・ω・´)ゞ 一条信龍の居館址であり一条信龍は武田二十四将のひとりとされています。 一条家は武田氏の有力分家であったようですが鎌倉時代に途絶えていたため、武田信玄が信龍に名家の一条家を継がせ復活させたようです。因みに・・・一条信龍は武田信虎(武田信玄の父親)の末子みたいですね!(^◇^)信 […]