二子城/飛勢城 (岩手県)
二子城/飛勢城の感想 二子城(ふたごじょう)もしくは飛勢城(とばせじょう)と呼ばれます。二子城は和賀氏の居城(本城)になります。和賀氏はこの北上地方の和賀郡を支配していた武家で、発祥などは諸説あるようですが、鎌倉時代にこの地を領有し、戦国時代末期まで和賀氏の一族が支配していました。約400年くらいにわたり和賀氏の領地となった場所になります。ただ二子城自体は室町時代くらいに移ってきたとされていて元々 […]
二子城/飛勢城の感想 二子城(ふたごじょう)もしくは飛勢城(とばせじょう)と呼ばれます。二子城は和賀氏の居城(本城)になります。和賀氏はこの北上地方の和賀郡を支配していた武家で、発祥などは諸説あるようですが、鎌倉時代にこの地を領有し、戦国時代末期まで和賀氏の一族が支配していました。約400年くらいにわたり和賀氏の領地となった場所になります。ただ二子城自体は室町時代くらいに移ってきたとされていて元々 […]
六郷城の感想 実は・・・地味ですが・・・私がここ最近でめちゃくちゃ行きたかった城です( `ー´)ノ 『六郷城』です!m(_ _)m 六郷城の生い立ちは・・・笑 二階堂信濃守行光の末裔・六郷弾正道行が、1559年に稲荷岡の東に築城したのがスタートだと云われています( `ー´)ノまた『諏訪神社縁起』によると1384年に鎌倉御家人であった二階堂三郎左衛門道晴が武蔵国六郷より出羽国仙北郡に入国したと云われ […]
花巻城/鳥谷ヶ崎城の感想 花巻城は元々「鳥谷ヶ崎城(とやがさきじょう)」と呼ばれていて、稗貫氏(ひえぬきし)の居城でした。1590年、豊臣秀吉の奥州仕置で稗貫氏が小田原征伐に参加しなかったことから所領を没収されて滅亡。その後、南部氏の城になり、家臣の北秀愛(きたひでちか)が城代となったことで、花巻城と呼ばれるようになります。花巻城としては1591年に築城となっており、1869年に廃城になったとのこ […]
孔雀城/孔雀館の感想 孔雀城は先程レポートした土屋館から南へ約3km先に築いた城が孔雀城です(`・ω・´)ゞ 孔雀城の築城は先の土屋館の富樫忠之の子の富樫勝家が築いた城とされており、城と云うよりは『陣屋』のイメージが強い館だったんじゃないかと思います! 土屋館での説明板には『富樫氏は文和年間(1352~55)に加賀国より主従17騎で落ち延び、神宮寺の富樫館に居住していた。永正5年(1508)、富樫 […]
箕冠城/箕冠山城の感想 日本(漢字)って難しいですなぇ~(=゚ω゚)ノ箕冠城(みかぶりじょう)と読みます!!! 箕冠城は越後国にあり上杉謙信の居城の春日山城や高田城の直ぐ近く、信濃国から越後国に攻められるときの越後国の入口を向かいの山城である鳥坂城と共に抑える非常に重要な位置づけにある山城です。 箕冠城は越後国守護の上杉家の重臣大熊氏が守る重要な城で、上杉謙信の時代には大熊朝秀(おおくまともひで) […]
寺林城の感想 寺林城(てらばやしじょう)は鎌倉時代、1279年に河野通重(かわのみちしげ)によって築城されたと言われています。名前だけ見た時に甲斐の武田家臣の河野通重が最後は岩手県に来ていたのか。と思いましたが同名の別の武将でしたね。ただ、伊予国(愛媛県)の河野氏の家系であることはどちらの武将も変わらないので、同じ家系の別時代の同姓同名の武将ということになります。ややこしい笑 でも、鎌倉時代に伊予 […]
北条館遺跡の感想 北条館遺跡(ほうじょうだていせき)は鎌倉時代の館跡になります。発掘調査で平安時代のかわらけや土師器、中世の陶磁器などが出土しているみたいです。現在は埋め戻されているので、土塁と堀跡が見られる程度ですが、城館跡の雰囲気は感じ取れるくらいの遺構は残っています。 誰の館跡なのかははっきりとわかっていないそうですが、樋爪氏とも北条氏の末裔ともいわれているそうですが、町のHPでは天正20年 […]
高水寺城/斯波御所/郡山城の感想 名門奥州斯波氏の居城、高水寺城(こうすいじじょう)です。斯波御所とも言われます。高水寺城は1335年に奥州管領として斯波家長がこの地に来た時に築城されたと言われています。そこから約400年間もの間、斯波氏の居城として使用されます。そんな名門だった斯波氏も戦国時代に入り、南部氏が力をつけてくると、南部氏から養子として中野康実を送りこまれます。これ以降、斯波家の乗っ取 […]
本堂城の感想 本堂城は本堂氏が築いた平城で、『戸沢三十五城』の1城と云われています。城跡の北西側を矢島川が南西方向に流れており、東西182m・南北273mの矩形をなして幅は約10mで東西南北にめぐらされ内堀が築かれていた様です。本堂城の周囲には内堀に接して高さ4mの土塁が築かれていた様で、今ではよくわかりませんが西門の付近に少し土塁の形跡が確認できます!本堂氏は清和源氏の流れを組む一族で鎌倉時代に […]
太田城の感想 『戸沢三十五城』のひとつとされる太田城です(=゚ω゚)ノ大仙市にある太田城跡は小神成(こがなり)地域の隣「築地古館」と呼ばれる場所にある城館跡です。現在は、大仙市太田支所や幼稚園敷地となっています。築城は太田四郎秀頼が築城したと云われており、その後の書物には『太田城は太田小治郎某の居城』とされている様で、1587年の唐松野合戦においては太田源七郎名が記載されている様です。東西65m× […]