室町時代(主に南北朝時代)

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甘崎城 / 天崎城(愛媛県)

甘崎城 / 天崎城の感想 甘崎城は愛媛県今治市上浦町甘崎の古城島にある島城であり、別名を古城・岸の城・荒神城と呼ばれており、築城の歴史はめちゃめちゃ古い可能性があり、古代には大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の東方鎮護として機能した島らしく、古名は『アマノサキ』の意味で『アマ』は海人を、『サキ』は防人(さきもり / ぼうじん)の意を指し、鎌倉時代には海人(海武士)を取り締まるために城砦が築かれた( […]

川之江城 / 仏殿城(愛媛県)

川之江城 / 仏殿城の感想 以前、四国で働いていた頃があり、クルマで移動中によく見かけていた城が川之江城でした! 川之江の地は、伊予・讃岐・土佐・阿波を結ぶ重要な交通の要衝であったため、南北朝時代に南朝方だった河野氏が川之江の鷲尾山山頂に砦を築き、1337年に土肥義昌が川之江城を築いたと云われています。 1342年 に細川頼春が7千の大軍を率い川之江城を攻撃し、川之江城主の土肥義昌破れ討死してしま […]

天霧城 / 尼斬城(香川県)

天霧城の感想 最初に言っておきます!!! 天霧城!!!断念!!!(´;ω;`)ウゥゥ 極寒の中、辿り着くまでに結構四苦八苦し、辿り着くと天候が悪化!?写真ではわからないのですが、霙っぽいのと強風がガタガタし始め、先の長そうな戦いにシッポを巻いて逃げ帰っていました~(´;ω;`)ウッ… 本当に申し訳ございません!!!! 天霧城は本当に行きたかった念願の城で!天霧城は香川信景の居城で、香川信景は長宗我 […]

竹原小早川家墓地(広島県)

竹原小早川家墓地の感想 竹原小早川家の墓地が手島屋敷跡のすぐ近くにありました( `ー´)ノ そこには『竹原小早川家墓地』の案内板があり、それによると・・・『宝篋印塔約10基、五輪塔約20基ほどある様です。あらためて木村城の西北の方角にあたる場所にあり竹原小早川家の墓所として間違いないようです。。。殆どが中世末期の様式らしく、墓所から一段高い尾根上にある二基の宝篋印塔は、小早川隆景(毛利元就の三男) […]

手島屋敷跡(広島県)

手島屋敷跡の感想 木村城のすぐ近くに『手島屋敷跡』があります♪『手島屋敷』はかって『西殿(にしんどん)屋敷』と呼ばれており、竹原小早川家の居館であったようです。(戦になり籠城する時は木村城を詰城として使っていたんじゃないかと思います) 竹原小早川氏の当主となった小早川隆景が、1550年に本家の沼田小早川家も継ぐことになり、沼田小早川家の本城の高山城に入城した際に家臣の手島氏がこの屋敷を賜り受け継い […]

木村城(広島県)

木村城の感想 『木村城』は、相模国を本拠地としていた桓武平氏の土肥氏であった土肥実平が源頼朝に支え、源平の合戦後土肥実平の子遠平が安芸国沼田(ぬた)荘の地頭職となり拝領し、これを譲られた養子の影平が安芸国に移住した事から始まります。土肥氏は出身の相模国早河荘から名をとって土肥氏から小早川氏と名を変えたらしく、当初は沼田川が流れる場所に『高山城』を築き本城としたが、1258年に本城だった本郷沼田庄の […]

高山城(広島県)

高山城の感想 高山城は相模国早河荘に所領を持っていた土肥実平が、安芸国沼田荘に地頭として入部したことに始まるり、早河荘からの地名から『小早川』と名乗ったのが始まりとされたと云われています。1206年に小早川茂平が高山城を築き居城としたとされ、後に茂平の三男、小早川雅平が沼田荘を引き継ぎ本家筋とし、四男の小早川政景が都宇竹原荘へ移り住み分家として木村城を築いたとされています。のちに本家の『沼田小早川 […]

桜尾城(広島県)

桜尾城の感想 桜尾城が築城された当時は三方を海に囲まれた複郭式の海城だったと云われています。調べてみると江戸時代までは手付かずの状況であったらしいのですが、近代になってから埋立地が広がり住宅地も整備され、面影も何も無くなっています・・・(´;ω;`)ウゥゥ 桜尾城は1221年に後鳥羽上皇と鎌倉幕府の執権だった北条義時との争いが起きた承久の乱(じょうきゅうのらん)後に、鎌倉幕府の要人だった藤原親実が […]

築山館 / 築山御殿(山口県)

築山館 / 築山御殿の感想 築山館/築山御殿はこは大内家28代当主の大内教弘(のりひろ)の頃に建てられた館みたいです。築山館は大内氏の迎賓館的な館とされていたみたいで、庭園を備えて80間四方を土塁で囲み、その外面は大石をたたみあげられていたと云われています。中世の連歌師宗祇は『池はうみこずゑは夏の深山かな』と詠まれており、この句からかっては豪華絢爛な庭園があった様子が想像できますね。。。築山館は大 […]

大内氏館跡(山口県)

大内氏館跡の感想 『大内氏館跡』は室町時代~戦国時代に周防国・長門国などを治めた守護大名・大内氏の居館であり、現在は『龍福寺』となっており『大内氏遺跡 附 凌雲寺跡』として国指定史跡となっており、龍福寺の本堂が国指定重要文化財となる貴重な場所となっています。 西国の雄となった名将だった大内家24代当主 大内弘世が同族争いを制し山口に大内氏の本拠地を定め大内館を建てたと云われています。大内弘世は京の […]

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