都道府県指定史跡

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与板城(新潟県)

与板城の感想 本与板城から南に歩いて40分ほど、約3㎞の場所に与坂(よいた)城があります。行ってみるまで勘違いしていたのですが、与板城から新たに本与板城を築いて移ったのだと勝手に思っていましたが、実際は本与板城から新たに与板城を築いて直江一族は移ったんだそうです。だから(?)本与板(ほんよいた→もとよいた)城と呼ぶみたいですね~((´∀`*)) 与板城は直江景綱(お船の方の父親)が本与板城から移る […]

本与板城(新潟県)

本与板城の感想 本与板(もとよいた)城は直江兼続で有名な直江氏の居城です。もともとは新田氏が築城したと言われており、その後は越後国守上杉氏の重臣の飯沼氏入城する。1507年に越後守護上杉房能と越後守護代長尾為景が戦った『永正の乱』で長尾為景が飯沼氏を攻め滅ぼし、長尾氏の家臣であった直江実綱(景綱)が城主となった。 本与坂城は中央に実城(本丸?)があり、西側には二の郭や三の郭、南側には二重になる南郭 […]

桑名城(三重県)

桑名城の感想 三重県桑名市の城跡、桑名城へ行ってきました。現在は九華公園となっております。桑名城といえば徳川四天王の一人である本多忠勝のお城のイメージが強いお城です。そんな桑名城ですが、現在桑名城がある場所は元々、東城というお城があった場所と言われており、この東城を築城したのは伊藤武左衛門実房(いとうぶざえもんさねふさ)と言われております。実房は関東からこの地に来て1513年に城館を建てたのが桑名 […]

葛西城(東京都)

葛西城の感想 先日、国府台城を紹介させていただいたので、やはりこちらの城も紹介しなくては。と思い葛西城跡へ行ってきました。葛西城は鎌倉時代に葛西氏の館があったとも言われているようですが、確証は無いようです。初代城主は大石石見守と言われており、15世紀ごろに作られたとするのが有力みたいです。その後1462年、千葉実胤が入城しているようです。その後、後北条氏の城となり、国府台合戦で最前線の城であり陣と […]

大胡城(群馬県)

大胡城の感想 『大胡(おおご)城』は、現在の群馬県前橋市河原浜町付近にある中世の平山城です。その昔の昔、藤原秀郷を祖とする大胡氏の居城であり、大胡氏の流れはその後上泉氏へも一族の広がりを見せて、戦国時代には『新陰流』の祖とする剣豪『上泉伊勢守信綱』がいる上泉氏も大胡城の城主でもありました。 真田幸綱の小説を読んでいると、真田の郷を追われた真田幸綱が山内上杉家を頼り亡命ししていた頃に、箕輪城の長野業 […]

石神井城(東京都)

石神井城の感想 近所のお城を城攻め(散策)!『石神井城』です(* ´艸`)クスクス 石神井城は今は皆さんが知っている都民の憩いの場『石神井公園』となっており、周りにはなかなか立派な豪邸が立ち並ぶなどとても品のある場所ではありますが、その昔は三宝寺池と石神井池の2つの池を中心としたお城だった様で、平安時代末期から室町時代中期まで現在の台東区・文京区・豊島区・北区・荒川区・板橋区・足立区・練馬区などの […]

真壁城(茨城県)

真壁城の感想 残念!無念!名門(だと思う?笑)真壁氏の居城『真壁城』ですが、工事なの何だかわからなくて、全然近づくことが出来ませんでした・・・ 真壁氏は桓武天皇からの流れの桓武平家とされ、坂東平家・常陸平家の代表とされる大掾氏(だいじょうし)は勢力を持った一族で、真壁氏もその流れを組んでいる一族です。真壁氏はその昔、北条時行と乱を起こし所領を没収されたりと四苦八苦の名家ですが、戦国乱世になると、真 […]

田丸城(三重県)

田丸城の感想 田丸城です!南北朝時代に伊勢近辺に勢力を誇った北畠親房と北畠顕信によって築かれた平山城です。北畠氏の系列である田丸直昌は織田信長の侵攻に伴い、北畠具教(とものり)の養子になっていた信長の次男織田信雄(のぶかつ)に譲って信雄が田丸城に入城しました。田丸城は信雄の居城として1575年に改築され、三層の天守を備えた大規模なお城に生まれ変わり、織田氏の伊勢支配の中心拠点となりました。1584 […]

大洲城(愛媛県)

大洲城の感想 大洲城は鎌倉時代1331年に宇都宮豊房(うつのみやとよふさ)が地蔵ヶ岳に城を築いたのが始まりです。このお城の特徴は複合連結式の4層4階天守閣。連結とは櫓と天守が繋がっていることで、しかも櫓は現存櫓で天守も極力当時の技術と日本の木材を使い現代の技術で精巧に復元されているところです。復元天守は中に入ると綺麗で一眼で当時のものではないと分かりますが、繋がっている現存の櫓と見比べると新旧の違 […]

岩殿城(山梨県)

岩殿城の感想 山梨県大月市にある岩殿城(いわどのじょう)へ行ってきました。岩殿城は岩殿山にあったお城で岩殿山城ともいわれます。ここは織田・徳川軍に負けて敗走した武田勝頼が辿り着くはずであったお城で、小山田氏の裏切りにより勝頼はお城には入れてもらえず天目山で自害することになります。この近辺は武田家の家臣であった小山田氏が支配していた地域で、岩殿城は岩の名前がつく通りの岩山で断崖絶壁のような場所に作ら […]

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