本与板城(新潟県)
本与板城の感想 本与板(もとよいた)城は直江兼続で有名な直江氏の居城です。もともとは新田氏が築城したと言われており、その後は越後国守上杉氏の重臣の飯沼氏入城する。1507年に越後守護上杉房能と越後守護代長尾為景が戦った『永正の乱』で長尾為景が飯沼氏を攻め滅ぼし、長尾氏の家臣であった直江実綱(景綱)が城主となった。 本与坂城は中央に実城(本丸?)があり、西側には二の郭や三の郭、南側には二重になる南郭 […]
本与板城の感想 本与板(もとよいた)城は直江兼続で有名な直江氏の居城です。もともとは新田氏が築城したと言われており、その後は越後国守上杉氏の重臣の飯沼氏入城する。1507年に越後守護上杉房能と越後守護代長尾為景が戦った『永正の乱』で長尾為景が飯沼氏を攻め滅ぼし、長尾氏の家臣であった直江実綱(景綱)が城主となった。 本与坂城は中央に実城(本丸?)があり、西側には二の郭や三の郭、南側には二重になる南郭 […]
長浜城の感想 長浜城は静岡県沼津市の伊豆方面にある長浜・重須(おもす)湊を含む西浦7カ村(重寺・三津・長浜・重須・木負・久連・平沢村)を守るために築かれた城の様であり、現在の海賊城になったのは当初伊豆を支配した北条早雲の時代ではなくて、三代目氏康・四代目氏政の時代に本格的な水軍強化のために築城された城ではないかと思います。二代目氏綱時代から本格的に戦うようになった里見氏(安房)にも対抗するように、 […]
桑名城の感想 三重県桑名市の城跡、桑名城へ行ってきました。現在は九華公園となっております。桑名城といえば徳川四天王の一人である本多忠勝のお城のイメージが強いお城です。そんな桑名城ですが、現在桑名城がある場所は元々、東城というお城があった場所と言われており、この東城を築城したのは伊藤武左衛門実房(いとうぶざえもんさねふさ)と言われております。実房は関東からこの地に来て1513年に城館を建てたのが桑名 […]
伊勢田辺城の感想 伊勢田辺城は木造長政(こづくりながまさ)が1586年に築城したお城です。木造氏は代々織田家に仕えてきた家臣の一つで、非常に活躍した武将の一人です。織田信雄と家康VS秀吉が戦った小牧・長久手の戦い後に戸木城を廃城にしてこの田辺城に移ってきたとのことです。その際に所領も1万石ほどに加増されたようです。その後も織田秀信の家老、関ヶ原後は敵だった福島正則に仕えることとなります。敵にも必要 […]
武蔵松山城の感想 西から西南に流れる市野川を天然の堀として、周りと比べると丸く亀のような丘のような山があります。『武蔵松山城』です!愛媛や岡山とかなどなどの松山城がたくさんあるので、ここでは『武蔵(むさし)松山城』』と書かせてもらいます。またの名を『武州(ぶしゅう)松山城』とも言います。 武蔵松山城は現在(2022年)の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に登場する比企(ひき)氏の比企氏城館跡群にあり、比 […]
真里谷城の感想 真里谷(まりやつ)城は千葉県木更津市にあるお城ですが海側ではなく山側に築城されており、下総国と上総国のちょうど間に位置する標高162mの山に築かれた大規模な山城です。真里谷城は、真里谷武田氏(上総武田氏・真里谷氏)の居城であり、当初は上総国に進出するための重要拠点として真里谷武田信長(なんだかややこしいですねぇ~苦笑)が築城したのが始まりとなっており、真里谷城を拠点として上総国一帯 […]
佐貫城の感想 千葉県富津市にある『佐貫(さぬき)城』です。富津市と聞くと内房海岸を思い出しますが、佐貫城は富津市の内陸側にあるお城で、室町時代後期から明治時代初頭まで城主が入れ替わりながらわりと長く存在した城だと初めて知りました。小説などから里見氏の居城だと認識していたのですが、調べてみると真里谷(まりやつ)武田氏(甲斐武田氏の流れ)が最初(1507年)に佐貫城を築いたみたいで、真里谷武田氏との争 […]
滝田城の感想 最初は寄るつもりもなかったのですが、一緒に城攻めしていた相棒が行きたいというのでシブシブ寄ってみましたが・・・・・・・・最高でした!(〃艸〃)ムフッ マジ!最高でした!!!!(*`艸´)ウシシシ 滝田城は安房・房総を支配した里見の城で、里見義実が築いたともいわれていますが里見5代目の里見義豊が築いたのか整備したのかで滝田城を築いたものと思われます。里見氏の本拠地は稲村城なので里見義豊 […]
宮本城の感想 宮本城は安房里見氏2代目の里見成義が稲村城の支城として築いたお城らしく、安房里見氏4代目の里美実堯が、5代目義豊が幼かったため里見の実権を里見氏の本拠地である稲村城で握り、里見義豊は支城であるこの宮本城に入城していました。成人した里見義豊は宮本城で挙兵し稲村城の里見実堯を攻め落とし稲村城を占領しました。しかし!!!!!!!!里見実堯の息子である里見義堯に攻め込まれて里見義豊は享年21 […]
上泉城の感想 剣聖といわれる上泉伊勢守信綱を求めて上泉城を訪ねてみました。上泉城は大胡城の支城として築城され、大胡城主であった大胡氏の流れを組む上泉氏が城主だった様です。 上泉城は城跡としては崩壊しており、お寺と住宅地に飲み込まれています・・・・ 上泉 伊勢守 信綱は聖剣として知られ『新陰流』の祖となる人です。彼がその後、新陰流を柳生石舟斎(柳生新陰流)や宝蔵院胤栄(宝蔵院流槍術)などに新陰流を伝 […]