長尾定景一族の墓(神奈川県)

長尾定景一族の墓(神奈川県)

長尾定景一族の墓の感想

長尾定景一族の墓へ行ってきました。長尾定景は長尾氏二代目になるのですが、父は初代長尾氏の長尾景広になります。この長尾景広が現在の横浜市栄区長尾台あたりにあった長尾荘をもらったことで長尾氏を名乗るようになります。長尾定景一族の墓に行きたかった理由ですが、個人的に好きな武将の上杉謙信の祖先になるので一度行きたいと思っていた場所でした。上杉謙信は上杉家を継ぐ前は長尾景虎と名乗っており、出自としては長尾家の出身です。
この二代目長尾定景は源頼朝の敵として平家側について戦い、頼朝側の岡崎義実に身柄を捉えられます。ここで長尾定景の逸話が残っているのですが、長尾定景は岡崎義実の息子佐奈田義忠を討ち取った武将なので、打首で殺されていてもおかしくないのですが、定景は毎日法華経を唱えていたことから義実が、定景を殺してしまっては息子の義忠が浮かばれないのではないかと考えて、頼朝に助命を嘆願し定景は命を取られずに済みます。その後は平家から鞍替えし頼朝側、三浦氏の家臣として活躍し、公暁(くぎょう )の討伐などで三浦義村などと成果をあげて長尾家の地位を上げた人物です。
この人がもし岡崎義実に殺されていたら上杉謙信は生まれてなかったということですね。そんな理由から行きたいと思っていた場所に今回行ってきたと言うことになります!

このお墓のある久成寺は1520年に創建されているので、長尾定景の時代よりだいぶ後に創建されているお寺なのですが、なんでそこに定景一族の墓が?と思い調べてみると、きちんとした理由は定かではないですが、長尾氏の館のあった長尾台のあたりに元々一族のお墓があって、お寺がなくなったのか、開発の都合なのかわからないですがこの久成寺にお墓が移されたみたいですね。
また、徳川ゆかりなのは、小田原征伐の際に徳川家康がこのお寺に寄って祈祷してもらい三石をお寺がもらったみたいです。その後は鷹狩りの時に葵の紋が入った弁当箱をもらって寺宝として保管されているとのことです。

長尾定景一族の墓画像ギャラリー

長尾定景一族のお墓は久成寺という日蓮宗のお寺にあります。駐車場も広くて立派な門が目立ちます。

徳川家とのゆかりもあるらしく門に徳川家の家紋がありました。

お堂のガラスにも徳川家の家紋。なんかカッコイイ😎ですね!

お堂の脇を進むと見えてきました。

長尾定景一族の墓に到着です!

卒塔婆も定期的に書いてくださっていて新しくされているようでした!

長尾定景一族の墓訪問完了です!

長尾定景一族の墓情報

創 建1520年
本 尊曼荼羅本尊
住 所神奈川県鎌倉市植木494
種 別寺院
特 徴
入場料無料
営業時間
駐車場有り(無料)

長尾定景一族の墓へのアクセス

長尾定景一族の墓レビュー

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