置塩城(兵庫県)

置塩城(兵庫県)

置塩城の感想

置塩城と書いて「おしおじょう」もしくは「おじおじょう」と読みます。
置塩城は赤松氏が居城としたお城で、赤松 政則(あかまつ まさのり)が1469年に築城したお城になります。その後、100年、5代が居城にしたとのことです。
赤松氏はもともと名門なのですが、1441年に赤松満祐が室町幕府の第6代将軍・足利義教を暗殺(嘉吉の乱)。ここで踏ん張れれば幕府を討ち、事実上の天下統一?くらいで教科書に載るくらいだったかもしれませんが、赤松満祐は幕府軍に討伐されて赤松家は事実上お家断絶。その後、2回目の正直で再興して築城したお城の一つが置塩城です。赤松氏と言えば黒田官兵衛の主君だった小寺氏も赤松氏の支流で、一説には黒田氏も赤松氏の支流との話もあるくらいなのですが、秀吉の頃になると、宗家のはずの赤松氏にはほとんど力がなく、赤松氏から分かれていった支流の家系、別所氏や宇野氏、有馬氏などの方が強くなってました。そして最後は赤松則房が関ヶ原の戦いで西軍に着いたことでお家滅亡が決定的になります。置塩城最後の城主赤松則房は関ヶ原後、西軍についていたので自害させられてしまいます。

そんな、赤松氏のお城ですが、山城好きなら一度は訪問しておくべきお城と思います。
他人事だから言える話でしかないですが、赤松氏は置塩城で別所長治らと足並みを合わせて秀吉と戦ってみてほしかったです。播磨最大の山城とも言われるお城で、難攻不落のお城の可能性もあったのではないかと思います。
地理的にも目の前には堀代わりにもなりそうな夢前川が流れ、物資の補給にも使えるような状況にあり、城までの比高も370mとも言われているくらいの山城です。

実際に登った感想としては最初は踏み間違えると足をくじきそうな岩場があり、岩場に合わせた歩幅が必要なのでコツコツ登るような歩き方をさせてもらえない感じです。途中からは七曲のような葛折りの山道が続きます。
時間としては片道1時間、往復2時間くらいみておいた方がいいです。案内によると往復で2.4Kmほどの道のりになるみたいです。実質登山なので装備(特に靴)は登山の装備で軽装などでは登らないことをおすすめします。

置塩城画像ギャラリー

お城の登城口の横にお墓がありました。
置塩家之墓と書いてありますが、置塩城の赤松氏と関係あるのでしょうか??

国指定史跡とのことで結構整備されているのかなと思いましたが、そんなに甘くない山城でした。

獣害防護策のある山城はいつもどきどきします。
熊にだけは会わないようにしたいです。。((((;゚Д゚))))))) 鈴とスプレーは準備してます!
いざ!出発!

一丁はどこにあったんだろう?

この辺り画像で見るより岩が邪魔で歩きづらいです。岩も乗っかると動くものが多いので要注意。

三丁〜五丁

この辺りは余裕で登ってます。この時、完全に誤解してました。
中の人、1丁=1合目の意味だと思って勘違いして登ってます。10丁すぐじゃん!って余裕かましてます。

もう半分か楽だな!と小走りくらいのハイペースで登ってます。

六丁〜七丁

九丁〜十二丁

あれれ?おかしーぞ???全然10丁って頂上じゃないじゃん💦
完全にペース配分間違えたよ。かなり息切れてるんですけど。。

炭焼窯跡

十五丁〜十八丁

石垣が出てきたぞ!
なんか標柱も立ってるな。そろそろかな?

案内図

頂上には着いたっぽいぞ!

石垣

綺麗に残っている石垣発見!

「本丸まであと少し」の表示があった。

【動画】本丸 その1

短い動画ですが一段高くなっている本丸の全景になります。

【動画】本丸 その2

本丸からの眺望一つ目です。

【動画】本丸 その3

本丸到着!!!景色も最高!!
置塩城登城完了です!

置塩城情報

築 城1469年
城 主赤松氏
住 所兵庫県姫路市夢前町宮置
種 別山城
廃 城1581年
特 徴国指定史跡
入場料無料
営業時間
駐車場無し(入り口反対側の道路に停められるスペースあり)

置塩城へのアクセス

置塩城レビュー

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