亀山城は道湯川(今の和歌山県田辺市)から日高地域(現在の和歌山県御坊市湯川町)へ進出した湯河光春が1348年に築いた城だと云われています。この湯河(湯川)氏がなかなか面白く家紋は『割菱』であることから・・・たぶん、気のまわる方ならわかると思いますが、元々はあの甲斐源氏の武田氏が祖となり、たぶんですが何かしら罪を犯し紀伊(和歌山)国の熊野に配流(まぁ~簡単に言えば島流し的な感じ)された武田(武田三郎忠長という説や武田悪三郎信忠という説があるみたいです♪)氏が土着し湯河氏を名乗り勢力を拡大していったと思われます!!!
マジでたくましいですなぁ~(。◕ˇдˇ◕。)/
亀山城は日高平野を一望できる亀山の標高122mの山頂に築かれており、本丸を中心に円状に複数の曲輪を要している山城で、当時はなかなかの規模だったんじゃないかと思われます。(現地にあった『亀山城跡復元想定図』を見る感じそんなんだったんです)
1585年に羽柴秀吉が紀州攻めを行うと、雑賀・根来衆と一緒に湯河氏・玉置氏と共に岸和田方面に打って出て住吉辺りまで攻め込みますが、逆に羽柴氏側に攻め込まれ出すと、当時の当主だった湯河直春は亀山城を焼き払い山の中に撤退し、羽柴秀吉軍とゲリラ戦術を持って長期間抵抗を続けたと伝われています(;゚Д゚)
亀山城は山頂を中心に円を描くように幾つもの削平地からなり、本丸辺りには4~5個の曲輪があったようですね!土塁や櫓台と思われる高台はありますが、堀切や竪堀などの防御が無いと思われ山城にしては古いのか?独特な山城になっているようです♪(あくまでも『亀山城跡復元想定図』を見る感じだと~) 現在は史跡公園として整備されています(`・ω・´)ゞ
【亀山城 / 丸山城】
亀山城の麓にある『丸山中央集会場』に『亀山城跡復元想定図』がありました(●^o^●)





案内に従い住宅地を抜けて山沿いを進んでいき亀山城を目指します!( `ー´)ノ!!!!
さっそく石垣?石積み?崩れが・・・♡





曲輪って云うか・・・構造部が見受けられますね♪ 大きな曲輪と鳥居が出てきました!







軽い石積みで山道が形成されています!









おおおおおおお~いい眺めだな!ヾ(≧▽≦)ノ



参道を抜けると整備された道に出てきました((((oノ´3`)ノ







曲輪の跡が何か所がみうけられますねぇぇぇ~(o^―^o)ニコ










開けてきましたね!!!! 本丸到着です~(‘◇’)ゞ

















