重清城(徳島県)

重清城の感想

重清城は1399年に小笠原長親によって築城された城と云われており、1577年に重清城の城主だった小笠原長政は、約25km離れた白地城の大西覚養の弟で、長宗我部元親に人質として出されていた大西頼包と中鳥城主の久米刑馬(川島城の川島氏と関係が深い一族とも云われているみたいです)に二人によって殺害され、一度、長宗我部に降り弟を人質に出したが三好氏に復帰し長宗我部氏を裏切ったため、長宗我部元親に讃岐国に追いやられていた兄の大西覚養を弟の大西頼包が呼び戻し、この重清城に迎え入れていたとされています。その後、重清城は長宗我部元親率いる土佐勢と阿波方との合戦の地となったようですね。

重清城は吉野川中流域の北側、河岸段丘上に位置し西側には船屋谷川、東側に黒谷川、北岸には船屋谷川に注ぐ城ヶ谷を天然の濠とした城だった様です。現在は住宅地や農地になっており本丸付近だけが残っている感じですね。ただ、今でも残っている遺構として、堀と土塁が城域の東側において最も良好に残っており、二重の堀・土塁が外側にはっきりと残っておりました♪
城内の内側の土塁は北側・西側・南側とぐるりと巡っており、その延長は192mもあるようですね。。。平面規模は、南北60m、東西40mぐらいありましたねぇ~
中心部分に小笠原神社があり東隅には井戸がありましたが、井戸は今でも水を蓄えており非常に興味深かったですよ~(^▽^)/~♪

重清城画像ギャラリー

住宅地の中にひっそりと・・・そしてしっかりと!(o^―^o)ニコ・・・重清城はありました♪
個人的には、一目で『ん!いい城かも!?』って感じちゃいましたよ~♪

重清城案内板

やっぱりいい感じですね~♪

二重堀

この入り口部分でも二重の堀を確認できますね!かっこいい!!!
土塁もしっかりしています!城内に入ってみましょう~♪

本丸土塁

城内はしっかりと土塁で囲まれていますね!

本丸

本丸跡です!

重清城の井戸

これが有名な井戸かぁぁぁぁ~(〃艸〃)ムフッ

重清城井戸【動画】

井戸の水は今でも潤沢ですなぁ~♪

石垣

城内の内側も石積みされていたと思われますね!かっこいいから城内から再び二重の堀を眺めてみました~(*`艸´)ウシシシ

重清城情報

築 城1339年
城 主小笠原氏
住 所徳島県美馬市美馬町
種 別平山城
廃 城1579年
特 徴市指定史跡
入場料無料
営業時間
駐車場

重清城へのアクセス

重清城レビュー

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