新庄城/太田新城/辰城(富山県)

新庄城/太田新城/辰城(富山県)

新庄城の感想

富山市の新庄城へ行って来ました!現在は富山市立新庄小学校になっています。小学校の体育館を建設する際に発掘調査をしたとのことですが、その後は埋め戻されて遺構らしきものを確認することはほぼできないです。

学校入り口の脇に説明板があります。説明板と富山市のHPの説明に違いがあり、HPによると新庄城は天文年間(1532〜1555年)に越中守護代神保氏の家臣、三輪飛騨守(みわひだのかみ)が築城したと言われております。北陸街道沿いの富山と水橋の中間地点、北の東岩瀬や東の大岩、南の上滝・笹津など各方面へ向かう道筋が分岐する交通の要衝だったために、取り合いになったみたいですね。説明版だと、神保氏に対抗するために長尾氏が城を整備したと書かれており敵味方逆ですね。
富山市のHPだとその後に神保氏、上杉氏、椎名氏、佐々氏など様々な戦国武将が居城、1583年に落城し、その後廃城となったとのことです。でも説明版だと、最終的に佐々氏から上杉氏、江戸時代には前田氏の城となって1615年に一国一城令で廃城になったと書かれています。概ね居城した武将たちは合っているのですが、築城や廃城などの主張が違う感じですね。市のサイトと説明版が違うのは面白いですねー笑
だいたい教育委員会がこういう説明版やサイトなどの文章って管理していてある程度一緒のイメージなのですが😅

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