高天神城(静岡県)

高天神城の感想

高天神城へ行ってきました!静岡県で行きたかったお城の一つです。高天神城は武田信玄・勝頼親子の徳川・織田との戦いの中心になったお城。元々は今川氏の支城であったが、今川氏が滅亡し取り合いになり、徳川が援軍を送れずに武田に攻められて高天神城の城主であった小笠原氏が城を開城し武田側のお城となりました。この時に難攻不落の高天神城を開城させたのは武田信玄ではなく息子の勝頼でした。武田を滅ぼしたダメ息子のイメージもありますが、じつは戦いで勝ったりもしており意外と有能な武将だったと個人的には思っています。勝頼は能力はあったが、家臣に裏切られるなど人心掌握が苦手だったのではないかと個人的には思っています。
そんな武田が獲得した高天神城ですが、家康が体勢を整えて攻めてきます。高天神城を任せられていた岡部元信は籠城して抵抗しますが、勝頼は援軍を送ることができず落城。
この高天神城の落城から織田信長の甲州征伐へつながっていき、最後、勝頼は家臣の小山田氏に裏切られ岩殿城に入れず、逃げた天目山で滝川一益に自刃(武田勝頼公生涯石の記事)に追い込まれ武田家は滅亡します。
これが1582年3月の出来事。勝頼を追い込んだ織田信長が本能寺の変で亡くなるのが1582年6月。わずか3ヶ月生き延びることができていれば武田の滅亡はなかったかもしれないですが、たられば言っても仕方がないのでこれもまた歴史の面白いところだと思います。

高天神城画像ギャラリー

高天神城想像図

当時はこんな感じだったというイメージを見せてくれるのは嬉しいですね!

鳥居をくぐり、ますは本丸、三の丸方面を目指します。

搦手門跡

搦手門とは案内がありますが、門跡らしき痕跡はほとんどわかりませんでした。搦手門なのでイメージとしては裏門的なところから今は登る様になっているということになります。

ひたすら階段を登ります。風のない真夏の日に行ったので日陰で涼しいかと思いましたが、湿気が多く蒸し暑くてきつかったです。

三日月井戸

井戸とは名前がついてますが、池に近く、湧水など水が染み出して溜まっているのではないかと思われます。

本丸方面と二の丸、高天神社方面への分岐が見えてきました。

現在地と戦いとなった場所、年表を眺めて、本丸方面へ進みます。

石窟と御前曲輪があると書かれている方へ行ってみます。気づいていなかったのですが、御前曲輪は本丸と繋がっている曲輪でほぼ本丸。別の離れた曲輪があると思って進んでます。

なんか木が道を塞ぐ様に生えていて歩きづらいです。

的場曲輪

御前曲輪かと思ったら的場曲輪?案内に書かれていなかった曲輪がありました。弓矢の練習などをしていた場所とのことです。

大河内石窟入口

御前曲輪を目指しているので石窟は後回しとと思って右の道へ進んでいきます。

土塁跡

虎口にするために土塁を作った跡とのことですが、虎口の形はいまいちよくわからなかったです。

本丸跡

正直、御前曲輪を目指していたので本丸跡が現れてキョトンとしてます???図を見ると本丸より奥にある御前曲輪。御前曲輪の案内があった分岐を左に行くより右の道を来た方が御前曲輪→本丸で自然な気がします。不親切でちょっと内心怒りが・・・で、石窟の存在を忘れて行きそびれてしまいました😢

御前曲輪

御前曲輪からの景色。木が邪魔して見えづらいですが、なかなかいい景色でした。

三の丸への道

もうすぐ三の丸です。

三の丸

二の丸方面へ

先ほどの年表など書かれていた案内板の前まで戻ってきました。

休憩スペースなどがあるところを通って神社の方へ進んでいきます。

鐘曲輪・井戸曲輪

「鐘曲輪」は看板の奥、下の方とのことですが薮になっていてよくわからずでした。
狛犬や井戸などあるこの辺りが「井戸曲輪」になるみたいです。「堂の尾曲輪」ではないのになぜか案内がありました。誰かのいたずら?

高天神社

たぶんこの神社のあたりが「西の丸」になるのかと思います。

馬場平方面へ

良い眺めの景色や堀切を見ながら馬場平へ進んでいきます。

馬場平

馬場平からの眺め最高でした!御前曲輪であまり開けたようになっていなかったので期待していなかったですが、爽快な景色が見れました!

甚五郎の抜け道

高天神城が落城した際に武田勝頼に知らせるために実際に使われた抜け道です。馬で尾根沿いを走ったとのことですが、よく無事に抜けられたなと思うくらい細い道ですね。

二の丸方面へ

先ほどの井戸曲輪まで戻ってきました。ここから神社方面ではなく二の丸方面の道を進んでいきます。

木が生えていて全体の範囲がわかりづらいですね。

二の丸から見える同の尾曲輪跡。のちほど行きます。

本間八郎三郎氏清と丸尾修理亮義清戦死の址

高天神城が武田勝頼に攻められた際に武田の鉄砲に当たって戦死した方で、このあたりの「堂の尾曲輪」を守っていたとのことです。

二の丸空堀

空堀。結構高さのある空堀です。

二の丸堀切

二の丸と堂の尾曲輪を仕切る堀切です。右側が二の丸方面。左側が堂の尾曲輪になります。堀切を登って堂の尾曲輪へいきます。

堂の尾曲輪

これで高天神城の登城完了です!結構広いので見て回るのに1時間30分くらい使いました!

高天神城情報

築 城不明(1500年代?)
城 主福島氏、小笠原氏、岡部氏
住 所静岡県掛川市上土方嶺向3136
種 別山城
廃 城1581年
特 徴国指定史跡、続日本100名城
入場料無料
営業時間
駐車場有り(無料)

高天神城へのアクセス

高天神城レビュー

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