亀ヶ城跡の感想
亀ヶ城(かめがじょう)、田布施城(たぶせじょう)とも呼ばれるお城になります。
亀ヶ城は第15代当主島津貴久(しまづたかひさ)が生まれたお城になります。
亀ヶ城の歴史は島津友久(しまづともひさ)が長男であるにもかかわらず、宗家を継がずに相州島津家(そうしゅうしまづけ)を興したことで始まります。相州島津家は第2代目運久(ゆきひさ)、第3代目忠良(ただよし・日新公)で貴久は忠良の長男として1514年にこの亀ヶ城で生まれました。
現在の亀ヶ城は亀ヶ城神社となっており、島津忠良公、島津貴久公を祭る神社になっています。
島津貴久は宗家を継いだ跡、1550年に内城を築城して居城とします。また、何度となく他の記事でも記載しておりますが、貴久自身も父親の忠良(日新公)もですが、戦国島津家を建て直して薩摩の覇者となる切っ掛けとなった武将になります。貴久の息子は島津4兄弟として有名な(義久、義弘、歳久、家久)の父親になります。晩年は加世田で過ごしていたとのことで1571年58歳で加世田の地で亡くなります。加世田城(別府城)が晩年の居城だったかは分かりませんがもしよければどんな場所か記事を見てみてください。
亀ヶ城跡画像ギャラリー
亀ヶ城の説明版と石柱がありました。神社ということもあるのかもしれないですが、なんか荘厳な雰囲気が漂ってます。

説明板・石碑


なんとなく奥の方の草が土塁っぽい気がします。


鳥居・社


このコケの生えた階段も荘厳な雰囲気をさらに強くしている感じがしますね。

亀ヶ城跡情報
| 築 城 | 不明(15世紀後半) |
| 城 主 | 島津氏 |
| 住 所 | 鹿児島県南さつま市金峰町尾下3007 |
| 種 別 | 山城 |
| 廃 城 | 不明 |
| 特 徴 | – |
| 入場料 | 無料 |
| 営業時間 | – |
| 駐車場 | 無し(明確にはわからないですが、停めるスペースは有り) |
亀ヶ城跡へのアクセス
亀ヶ城跡レビュー
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