六ヶ村城/六ヶ城の感想
六ヶ城と書いて「ろっかんじょう」と読みます。六ヶ村城と村が入った場合は何て読むのかわかりません😅 そのまま「ろっかんじょう」ですかね?「ろっかんむらじょう」??
まぁ読み方はそのくらいにして、六ヶ村城についてですが、1533年に北郷忠相(ほんごうただすけ)が伊東氏に対抗するために三俣城・月山日和城を攻撃する一時的な城として築いたとされているようです。都城周辺は他のお城でも何度となく書いてきてますが、室町〜戦国時代と取り合いが凄まじい場所でした。伊東氏は戦国島津氏が台頭してくるまで日向周辺に「伊東四十八城」という48もの城や砦を築いて領地を守り島津氏(樺山氏・北郷氏)などと争ってきた歴史があります。
そんな伊東氏を打ち崩すために六ヶ村城は作られたのではないかと考えると面白いですね!
現在の六ヶ村城は展望台になっていて天気が良ければいい景色が見られます。遺構に関しては曲輪や土塁、堀切があるとのことでしたが案内が無く、薮などに阻まれて展望台になっている主郭以外どこに残っているのかよくわかりませんでした。
六ヶ村城画像ギャラリー










六ヶ村城情報
| 築 城 | 1533年 |
| 城 主 | 北郷氏 |
| 住 所 | 宮崎県都城市安久町 |
| 種 別 | 山城 |
| 廃 城 | 不明 |
| 特 徴 | 市指定文化財 |
| 入場料 | 無料 |
| 営業時間 | – |
| 駐車場 | 有り(無料) |
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