坂戸城の感想
坂戸城に行って来ました!なかなか麓からの比高があるので大変そうだなとちょっと躊躇っていたのですが熊対策もした上で行って来ました。登山としても人気の山なので休日はけっこうな人とすれ違いました。登山としても人気あるんですね。
そんな坂戸城についてですが、上田長尾氏の城で、上杉景勝(長尾顕景 ながおあきかげ)の生誕地でもあり、居城でもありました。ちなみに父は長尾政景(ながおまさかげ)で母が仙桃院(せんとういん)になり、仙桃院は上杉謙信の姉に当たる人物になります。
坂戸城の歴史としては、訪問してから知ったのですが、最初は新田氏、鎌倉幕府を倒した新田義貞の一族が築城したのが始まりとされているようです。
戦国時代には上田長尾氏の城となって、長尾政景の時代に主君でもある上杉謙信と対立することになります。政景は宇佐美定満と共に野尻池(野尻湖の説もあり)で溺死するのですが、宇佐美氏に暗殺されたという説もあるようです。宇佐美定満が政景を殺そうとした(刺した)が、政景が最後の力を振り絞って定満と共に船から湖(池)に引き摺り込んだのではないかなぁなんて説もあったりします。溺死と言われながらも政景の体には刀傷のようなものがあったとされており、この辺りから暗殺説も根強いようです。
ちなみに宇佐美氏のお城は琵琶島城というお城でこちらで記事にしています。
坂戸城といえばもう一人、有名な武将、「直江兼続」が生まれたところでもあります。兜に大きな「愛」の文字で覚えている方も多いのではないでしょうか?そんな直江兼続ですが、厳密に言えば、坂戸城で生まれたわけではなく、直江兼続は樋口兼豊の子で、樋口氏は長尾氏の家臣になりますので坂戸城の家臣団の住んでいた地域で生まれたというのが正しいかと思います。家臣団も城の中(曲輪)で生活していれば坂戸城で生まれたとも言えるのかなとも思いますが、たぶん城下町の生まれではないかと思います。
直江兼続は景勝が幼少のころから小姓としてついて次第に頭角を現していきます。そして、1578年に上杉謙信が急死しておきた跡取りの争いである「御館の乱」で活躍し景勝のライバルだった景虎を自害させ、景勝が当主になる最大の功労者となります。
1600年には直江兼続と言えば外せない一大事を起こしますwww
なんと、徳川家康に手紙(直江状)を送りつけて、家康が激怒o(`ω´ )o! 上杉許すまい!と会津討伐を決意させたことでも有名ですね。直江状の詳細についてはご自分で検索してみてください!
まぁ色々書くと書ききれないのでこのくらいにしておきますが、そんな有名な武将、上杉景勝と直江兼続が誕生したお城として興味がある方はぜひ行ってみてください!
坂戸城画像ギャラリー
登上口の手前に坂戸城の内堀跡がありました。


昔はもっと長くて立派な堀だったんでしょうね!


熊出没注意の張り紙がありますね(;゜0゜)
一応、鈴と熊よけスプレーは持っていますが、不安ではありますね。。。


登るルートが2つあるみたいですね。青い方が距離は長くなるけど比較的緩め、赤い方は距離は短くなるけど急な登りが続く道のようです。自分は登りは赤いルート(城坂ルート)で下りは青いルート(薬師尾根ルート)を選びました。

では行ってみましょう!


鳥居がりますが、よくわからないので先に進みます。
画像だと小さくてわかりづらいかと思いますが、「家臣屋敷跡」とかいた標柱になります。直江兼続はこの辺りで生まれたのでしょうかね?


家臣屋敷跡



家臣屋敷跡2


御居間屋敷跡
藪でクマが怖いのであまり近付かずに通り過ぎました。




((((;゚Д゚)))))))

御館(居館跡)
山の上は詰城で平時は麓で生活していたんでしょうね。




坂戸城跡の石標がありました。もうもどろっかな。クマ怖いし。。


上田五十騎発祥の地・御館石垣
上田五十騎発祥の地とは上杉景勝に仕えた精鋭部隊(家臣団)がいて、その精鋭部隊はこの御館を守るところから始まったので発祥の地となっているみたいですね。


御館を見てまだまだ先は長いので急ぎます!!




曲輪跡が続いているではないかと思いますが、説明がないので良くわからないですが、土塁は綺麗に残っているので見所としてはおすすめです!










坂戸観世音菩薩
だんだん上り坂になって来ました。無事に戻って来られるようにお願いをして先に進みます。


薮が多くなって来たのでクマ出るなよ!と心の中で祈りながら進んでます。内心、ちょっとした音でもビビりまくってます。





序盤の眺望1
まだ序盤ですが、なかなかいい景色になって来ました!

城坂


案内図を見るとほぼ一本道の坂みたいですね。

結構急だぞ!写真じゃわからないかもしれないけど、意外ときつい!


序盤の眺望2
べ、べつに疲れたわけじゃないけどねっ!ふもとを眺めて撮影!

なんか少し雲が近くなったような気もするかな?




なんか石垣に使われてたような石が転がってますね。葛折で一気に上がって来てます!


中盤の眺望1
序盤の眺望と比べると街が少し遠い感じですね。

五合目の表示発見!四合目とかもあったのかな?気づかなかったけど。



七合目の標識発見!六合目はいつ過ぎたんだろ?




中盤眺望2
八合目からの眺望です!写真ではわかりづらいですがだいぶ街も遠く、下の方に見えている感じになって来ました!




水場跡の案内がありますが、完全に薮なので今回は遠慮して上を急ぐことにしました。


九合目の標識を発見!これは!そろそろ来ましたね!!





開けて来たぞ!桃之木平の文字が見えますね。

まだ桃之木平ではないのかな?


薮が多くてこわいな。


桃之木平
なんか開けたところに出ましたね。たぶん桃之木平だと思います。





廣瀬曲輪
案内図にはなかったですが、本丸(実城)の一部をそう呼んでいるんですかね?



石垣もよく見ると残ってますね!




実城(本丸)
到着です!!いい景色ですねー!!


富士権現堂
富士権現の神社がありました。

きちんと閉めれば入ってもいいみたいなのでお邪魔させていただきます!

樺沢城の案内が貼ってありました。上杉景勝誕生の地として樺沢城もなっているためですかね?単純に景勝ゆかりの城としてですかね?



薬師尾根ルート(下山)
ではそろそろ下山しようと思います!来たルートとは別ルートで下ります。


こっちのルートもなかなかの急勾配ですね!


下っていくルートが下の方の山の稜線沿いに見えますね!あそこを通って下るのか。結構距離あるな。




八合目
帰りはガンガン下っていきます!!八合目の標識発見!





ベンチのある展望スペース見たいなのがありました。




案内板
石像があちらこちらにこちらのルートは置かれていました。全部撮影できたかわからないですが、極力全て撮るように心がけて降りて来ました。









石像群








鳥居がありました。


















ふもとまで下って来ました!!




青いルートはこの画像をここから上の方へスクロールして見ていくとルートが度な感じかわかるかと思います。坂戸城これで登城完了です!!
坂戸城情報
| 築 城 | 不明(鎌倉時代?) |
| 城 主 | 新田氏、上田長尾氏、甘粕氏、上杉氏、堀氏 |
| 住 所 | 新潟県南魚沼市大月 |
| 種 別 | 山城 |
| 廃 城 | 1609年 |
| 特 徴 | 国指定史跡 |
| 入場料 | 無料 |
| 営業時間 | – |
| 駐車場 | 有り(無料) |
坂戸城へのアクセス
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