平賀氏城跡(長野県)

平賀氏城跡の感想

平賀氏城跡は鎌倉時代に平賀義信が築城したと言われているお城になります。その後、平賀氏が代々このお城を居城として戦国時代まで使われていたとのことです。
平賀氏は新羅三郎義光(源義光)の子、盛義が祖とされており、長野県佐久市の平賀地域に所領をもらったことで平賀を名乗るようになります。ちなみに新羅三郎義光(源義光)は武田信玄など武田氏の祖でもありますので、平賀氏と武田氏は同じ祖先を持つと言うことになります。ちなみに茨城県を中心とした武将、佐竹氏もこの新羅三郎義光(源義光)を祖先としているので、武将の家系を辿るのも面白いですね!ちなみにこちらに新羅三郎義光公御菩堤所の記事や新羅三郎義光が武田を名乗るきっかけとなる武田氏発祥の地の記事もありますのでご興味ある方は読んでみてください。

平賀氏城跡画像ギャラリー

平賀氏城跡入り口

他からも入れるのかもしれませんが、このカーブミラーを目印に左の小径を入っていきます。

木や藪に埋もれかけてますが、石垣が残ってますねー!!わくわく!!

曲輪になっていそうな場所を発見!

土塁跡です!

近づいてみると帯曲輪のような感じで幅狭めで周囲を囲んでいそうな感じです。

曲輪の脇に先へ続いている道があるので進んでみます!

どうやって登るのかわからないですが、石垣が見えるので上に曲輪がありそうです。

搦手曲輪跡と説明されていますね。搦手なので裏門的な場所だったと思われます。
なんとなく曲輪の雰囲気はわかるのですが、どこまでが搦手曲輪なのかは実際に見てもよくわかりませんでした。冬とかもう少し草木がなければわかるのかも。

だいぶ登ってきて、先ほど下から見えた石垣が近くなってきました!

周囲を回りながら登っていく感じですね。崩れてはいますが、ところどころ石垣が残っていて飽きずに登れます。楽しい!

東屋のような休憩所が見えてきました。本丸到着ですかね?

本丸

本丸跡でした!到着〜!!木々の合間から見える景色も良くていいところです!

平賀氏城跡の石柱発見!ちょっと傾いてるのも味ですね笑

東屋の奥側に回ると石垣が残っていて曲輪の形がよくわかります。いい雰囲気ですね!

二の丸

曲輪が奥に続いているので歩いてきたら、少し下がったこの場所は二の丸になるみたいです。

三の丸

二の丸からさらに奥に一段下がった曲輪発見!

三の丸ですね!

石票・説明板

三の丸の奥川に階段を発見!こちらが本来の大手門だった場所だと思います。たぶんカーブミラーじゃなく下から上がって来られる道があったんだと思いますが、分からず裏口(搦手)から入ってきてしまいました。行かれる方はよく登り口を調べてから行かれることをお勧めします!
とりあえずこれで平賀氏城跡登城完了です!!

平賀氏城跡情報

築 城不明(1184年?)
城 主平賀氏
住 所長野県佐久市常和
種 別山城
廃 城不明
特 徴県指定史跡
入場料無料
営業時間
駐車場無し

平賀氏城跡へのアクセス

平賀氏城跡レビュー

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