西宮城(奈良県)

西宮城(奈良県)

西宮城の感想

西宮城は『西宮古墳』を利用した城だったと思われ、ちょうど嶋氏の居城だった椿井城と松永久秀の信貴山城の間の盆地に築かれた城です。椿井城もそうなのですが筒井氏の家臣だった嶋氏の城だったとされ、松永久秀が椿井城を奪った際にこの西宮城も奪われ支配されていたんじゃないかと思います。
また、北側には下垣内(しもがいと)城が築かれており、西宮城と下垣内城の間には大きな谷間(人工なのだろうかぁぁぁ?)があっため、平群(へぐり)盆地の中央の小さな丘(古墳)を利用した二つの城が連携されていたものだと思われます。

椿井城かこの西宮城のどちらかが『嶋城』と文献の際には呼ばれていた様で、嶋左近もどちらかの城に居城していた可能性は高いな!って勝手に興奮していました(●^o^●)

1460年に畠山義就が攻撃を仕掛けてきた際には、嶋氏は当時仕えていた筒井順永の援軍を受けて畠山義就からの一難を逃れたということがあった様で、歴史の表舞台が『嶋城』と呼ばれるのが西宮城じゃないかと思います。通常の生活はこの西宮城で、戦の時は詰城の目的で椿井城だったのかも知れませんね♪

西宮城画像ギャラリー

西宮城は現在『平群中央公園』となっています

このこんもりしたところが『西宮古墳』ですね!

本当に緩やかな丘って感じなので、城と云うよりは館があったのかもしれません

簡単な案内がありました。 丘の上は見晴らし台の様な休憩する場所ですね

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