徳川館跡の新田義重の宝塔(群馬県)

徳川館跡の新田義重の宝塔(群馬県)

徳川館跡の新田義重の宝塔の感想

徳川館跡にある新田義重の宝塔ということですね。ということはここは徳川館の敷地内に当たる場所ということになるんだと思いますが、周りは畑で住宅もありますが、城跡らしい痕跡はこの場所では感じ取れませんでした。
この宝塔の麓から2つの遺骨が出たとのことなので、新田義重とその妻では無いかと考えられているようです。新田義重(源義重)は新田氏の祖でこの新田の荘をもらったことで新田氏を名乗るようになります。その新田義重の次男(四男とも)義季(よしすえ)が徳川を名乗るようになり徳川氏が成立します。新田義重はその徳川義季の館で晩年を過ごし、徳川館内に葬られたとのことから新田義重夫妻の宝塔(墓)と考えられているみたいですね。
この新田氏から新田義貞、そして戦国時代には徳川家康まで繋がっていくと思うと面白いですね。
宝塔以外の館跡などの遺構は見られませんが訪問する価値のある場所だと思います。

徳川館跡の新田義重の宝塔画像ギャラリー

畑の脇に入っていく道がありました。

徳川館跡の新田義重の宝塔情報

年 代1202年没
住 所群馬県太田市徳川町388−6
種 別史跡
入場料無料
営業時間
駐車場無し

徳川館跡の新田義重の宝塔へのアクセス

徳川館跡の新田義重の宝塔レビュー

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