小山城(宮崎県)

小山城(宮崎県)

小山城の感想

宮崎県にある小山城(おやまじょう)になります。栃木県の小山城はこちらを参照ください。
この小山城ですが、築城時期も城主も不明でよくわからないです。
ただ、わずかな情報ですが、ここに立っている標柱の説明を読むと、1377年に祢寝久清(ねじめひさきよ)宛に今川満範(いまがわみつのり)が書状を送っていてその中にこの小山城が出てくるとのこと。また別の樺山資久(かばやますけひさ)の書状で都城が初見として書かれているとのことなので都城よりも古くからあるとすれば都城が1375年築城とされているのでそれよりも前にはあったお城ということになるかと思います。

ここまでの書状の登場人物を整理すると、祢寝久清は祢寝氏(禰寝とも書く)の9代目当主で禰寝氏は基本的に島津家に支えてきた家臣になります。次に出てくる今川満範ですが、この今川氏はあの有名な今川義元などの武将の氏族と同じの駿河・遠江を支配していた今川氏の家系の人物になります。今川満範は島津氏久を倒すために九州探題だった父についてきて総大将をこのころは務めていたみたいです。そして樺山資久はこの小山城を居城にしていたかは分かりませんが、樺山氏は島津家の支流になる家系で今川満範が小山城を攻めて落城させた際に樺山資久が篭っていたお城が小山城とされているみたいです。樺山氏は樺山城があったので逃げて立て篭もったと考える方が自然かと思われます。

結論としては南朝方に翻った島津氏(祢寝氏・樺山氏)対北朝今川氏(反島津連合/相良氏等)との戦いの際に戦場になったお城という形かと思います。いやぁこんなところで今川氏の名前が出てくるとは思いませんでした。宮崎と今川氏にゆかりがあったんですね。ただ、相良氏も南朝方に翻って今川氏は結局負けてしまいますが。。。今川満範がその後どうなったのかもわかっていないみたいです。

小山城画像ギャラリー

現在は南方神社になっているようで鳥居が入り口になりました。

標柱

小山城についての簡単な説明が書かれてました。

全体像がわからないので本丸かどうかはわからないですが曲輪ではあるようです。また、埋め立てられたりして曲輪の多くは残っていないみたいです。

桜木あげ馬

島津義弘の文禄の役での凱旋の時の献馬と神楽を奉納した時を表している行事とのことです。

土塁

唯一お城の面影を感じ取れる土塁が木々で分かりづらいですが、見られました!!

小山城情報

築 城不明(1300年代後半?)
城 主不明
住 所宮崎県都城市高城町桜木
種 別平城
廃 城不明
特 徴市指定史跡
入場料無料
営業時間
駐車場無し

小山城へのアクセス

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