安田義定館跡から約1.8km先に『安田義定一族之墓』があります( `ー´)ノ
安田義定館跡にも記載しましたが、安田義定の嫡男の安田義資は越後守に任じられるなど、父子ともども長く鎌倉幕府を支えた安田一族でしたが、建1193年に安田義資が艶書を女房の聴聞所へ投げ入れたと鎌倉幕府から言い掛かりをつけられ安田義資は梟首させられ、安田義定も縁坐で所領を没収され翌年には謀叛の疑いありとして誅殺されました。
安田義定一族之墓はブドウ畑の中にあります。中央三基の五輪塔は義定と子息の義資・義季のものと伝わります。五輪塔の建立時期は南北朝時代で、武田氏が安田一族を供養するために建立したんじゃないかと云われています。
【安田義定一族之墓/安田氏五輪塔付宝篋印塔】








