連方屋敷跡(古屋氏館跡)(山梨県)

連方屋敷跡(古屋氏館跡)(山梨県)

どこのどいつか築いた館跡なのかわかりませんが、案内板の説明と後でモロモロ調べてみたら、戦国時代の時に甲斐武田氏の蔵前衆(甲斐武田家でいう蔵前衆は『金・銀』『米穀』などの重要な蔵を管理する役職)だった古屋(ふるや)氏の館であったと思われ、私はあえて連方屋敷跡の後に(古屋氏館跡)と記載させて頂きました(。-_-。)

連方屋敷跡はきれいに当時を教えてくれるメチャクチャ素敵な屋敷跡でした!(。◕ˇдˇ​◕。)/

古屋氏は昔から山梨県では多い名前で現在山梨県では7番目に多い名前とされています。甲斐国では昔からこの土地に土着して勢力を伸ばしていた一族なんでしょうねぇ~
だからこそ、『金銀・米穀』などを管理する重要な役職に就けた一族なんでしょう。

連方屋敷跡は、一辺が130mもある方形の広い屋敷跡となっていて四方に土塁と堀がしっかりと巡らされていました( `ー´)ノ
案内板を読むと屋敷自体は戦国時代より前からあった可能性があるみたいですね。しかし、誰がいつ築いたのかは史料が少なく謎の多い屋敷跡でもあるみたいです。これまでの発掘調査の結果、礎石建物や掘立柱建物の跡、朝鮮半島や中国で作られた青磁、かわらけとよばれる土器の皿、常滑焼の大甕、内耳土器などが発見されている様です。これらのうち青磁の一つは13世紀前半から生産されていたと思われる高麗青磁梅瓶であり、梅瓶の優品は大名など身分の高い層の人々に珍重されることから、昔から権力者と繋がっていたのか?若しくはこの屋敷の主が甲斐国において相当な地位を持った人物だった可能性も考えられますね~(`・ω・´)ゞ

そんな昔からある構造物がこんなにきれいに再現されているのは・・・地元の方々の愛でしか実現できません! 本当に素敵でした(●´ω`●)

【連方屋敷跡(古屋氏館跡)】

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